Find me,break the time machine.

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 静かな浜辺には、私しかいない。少なくとも、今この時には。ピンク色の波が足元に打ち寄せる。かつての生命の残骸が、皺くちゃのビニール袋のように、砂の上へ置き去りにされてゆく。鳥の声ひとつしない。波の音ばかりが響く、時間の果て。 「またここにいた」  振り向くと、さっきまで本当に誰もいなかったはずのそこに、親友が立っていた。学校の制服をきっちり校則通りに身につけて、優等生そのものだ。おさげ髪まで、まるで学校パンフのモデルみたいだ。こんな「時」に来るタイプには全然見えない。 「ここ好きだねえ」  呆れたように言いながら、親友は隣に座って見果てぬ海の彼方に目を向けた。私がその横顔を見ると、親友は眉をひそめた。 「どうかした」 「いや、……なんでいつも、追いかけてくるのかなって」 「暇なんだもん。わかるでしょ」 「うん。わかる」  どうせ学校には、もう誰もいない。みんな好き勝手な時間、好き勝手な場所に行ってしまうから。  タイムマシンというものが発明されて、人はどの時間にも行けるようになった。ついでに空間移動もお手軽になり、もはや私たちに移動できない時空間はない。そうなると、もうダメだった。誰も彼も、自分の行きたい時代、いたい場所に向かうようになった。憧れの時代、理想の時代、生きてみたかった時代、見てみたかった時代。  人々が時空間を移動して、そこで何かをするたびに、少しずつ、世界は改変されてゆく。けれども私たちが本来生きる時空間に致命的なエラーが起きないのは、その改変がありとあらゆるパラレルワールドに均等に割り振られているからだ、という。兎にも角にも、私たちにはもはや、生きるべき現代というものはなかった。誰も本来いるべき時代で満足できず、好き勝手に移動してしまった。学校も会社も、どこもかしこも無人になってしまった。だから人類の文明は、それ以降ストップしてしまった。    この場所、いや、この「時」には、誰もいない。何もいない。生きているもの、生命というものは。  ここは、全ての生命が死に絶えた後の世界だからだ。 「なんで、ここなの。もっと賑やかで、お金がなくても楽しめる時代と場所が、いくらでもあるのに」  そう。そういう場所は、本当にたくさんある。そんな夢みたいなこと、と思われていたのに、探してみると、そういう場所はたくさんあったことが判明していた。  私は首を振って、砂に指を突っ込んだ。暖かくも冷たくもなく、ただ私の指を受け入れるばかりの砂。かつては生命だったものたちの、名残りの砂を。 「静かだから」  親友は「ふうん」と頷いて、また海の向こうを見つめた。そうして暫くじっとしていたけれど、やがて口を開いた。 「それじゃあ、私は来ない方がよかったかな」  私は慌てて、大きく首を横に振った。 「そんなわけない」  振り向いた瞳の中の、決して凍らない時間の瞬きに、見惚れてしまう。 「そう。それならよかった」  タイムマシンが壊れてしまえばいいのに、なんて思ってしまう時がある。ピンク色の海を見ながら、ずっとこうやって、お互いの息遣いだけ聞いて過ごせたらいいのに、なんて。 「ねえ。海、入っちゃおうよ」  とっておきの思いつきのように、親友は私の耳元で囁いた。 「え。でもタオル持ってない」 「大丈夫だよ。乾かせば」 「そっか」  ピンク色の海は、生暖かく私たちの足首を包んだ。もう何物も生み出すことのない、ただ消えゆくばかりの最後の水が、私たちを受け入れて光った。帰る場所なんてないから、いつだってここが、私たちの帰る場所になる。どこに行っても、貴方はきっと私を見つけてくれるから。  タイムマシンが壊れてしまえばいいのにね、と親友が笑った。
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