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魔物狩りから帰り、居酒屋へ食事を取りに行っても、それは変わらないままだった。
冒険者のお客が沢山いたのと、全部カウンター席だったのが運の尽きだった。彼らがグリムに気づくと、罵詈雑言が雨あられと降ってきたのだ。
「お前、この世に来た意味ねーだろ」
一人の、図体のいい男がそう言った。
ーそういった悪口には、とうの前から慣れている。
だから、グリムは無理に作り笑いを浮かべた。
さっきの彼の言葉を、ふと考えた。
ーどうして、こんなところにやってきたんだろう。
ずうっと、あそこにいられれば良かったのに。
「ガハハ!言えてる。ずうううっと天国にいられれば良かったのにね、グリムちゃーん」
「バカ、こいつは天国にさえいけねーよ」
その一声に、皆はどっと笑った。その中には、グリムのチームメイトでもあるアドスもいた。
ーいや、違うな。来る前の世界も、天国ではなかった。決してー
「…ごめん。私、トイレ行ってくる」
ハルザは、引き攣った笑いを浮かべながらアドスに声をかけた。
「おう。ちゃんとふんばってこい」
アドスは、ハルザに気遣うような目線を向けながら、冗談混じりに言った。
「馬鹿!大っきい方じゃないっつうの!」
「さて、どうだ…いってえ!」
ニヤニヤしながら言っていたアドスの声も、最後まで続かなかった。イラッときたハルザが彼の背中を思いっきり叩いたのだ。いい音がした。アドスは、ハルザを睨もうと顔を上げると、もうそこにハルザの姿はなかった。
「全く、あいつは」
そう呟いたアドスは、満杯に注がれていた酒を、一気に飲み干した。
いつまで経っても、彼らの悪口の雨は止まらない。
「なんで生きてんだよ」
「この世にいない方がマシ」
「雑魚すぎて吐き気がする」
自分でも、そうだと思う。なんで、まだ自分は生きてるんだと、本気で時々思う。
でも、その理由は、自分でもよく分かっていた。
一度も味わったことのない幸せを、一度でいいから味わってみたい。
それは、幸せに、人の温もりに飢えた人間特有の思いだった。
だから、彼は今日も罵詈雑言を堪えるのだ。
グリムのことをからかっていた男たちのうちの一人が、急に真顔になって、また言った。
「お前、本当に死ななくて大丈夫か?生きてるだけ食料のムダだし、毎日悪口言われるの嫌だろ」
男が真面目な顔でそれを言ったので、また男たちはドッと笑った。
確かに、今の俺は誰の役にも立たない、スライム以下の存在だ。
だが、僕はもうすでに、長生きするには十分すぎるほどの働きをしたはずだ。
だから、まだ僕は、彼らの残忍な攻撃を耐え続けるのだ。
朝、登校したら上靴がなかった。
置き勉していた教科書類もごっそりと隠されていた。
机の上も中も椅子の上も、ゴミで溢れていた。
それに先生は気にも留めず、顔を顰めてさっさと片付けろ、と言った。
事あるごとに蹴ってきて、殴ってきて、何かを投げつけてきて。
いじめっ子たちの汚物が入ったトイレの水を、頭からぶっかけられた時さえあった。
給食のカレーにチョークの粉を入れられた時は、もう笑ってしまった。
絶望の、乾いた笑いだった。
運が良かったのか異世界に強制転移させられて胸を期待に躍らせたが、それが絶望と変化するまでに、それほど時間はかからなかった。
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