前編

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 アドスがけっこう遅いなと心配しだした頃、お手洗から、ようやくハルザが出てきた。彼女は腹を抱えていて、顔色も悪かった。  これが演技だったら、女優にでもなれるんじゃないのか?そう思ったアドスだが、決して口から出すようなことはしない。本当に腹イタだった場合、報復が怖いからだ。 「くそ。腹いてぇ…。誰か私の酒に下剤仕込みやがったな」 「全部人様のせいにすんなよ。お前が肉しか食わなかったせいかも…ぐへえ!」  やはりと言うべきか、彼女の強烈な蹴りが決まった。彼女のことを妙な目で見ていた男たちは、サッと顔色を悪くして、急いで肉を頬張るが、急すぎて咳き込んだ。  (結局蹴られるのかよー)  ハルザが扉に歩いていくのを見ると、アドスはため息をついてから、グリムに声をかける。 「おい、予定変更だ。宿に帰るぞ」  グリムの目には 、もはや光はなかった。止まらない、はははと暗い乾いた笑いで、彼らの悪口をただひたすらに耐え忍んでいた。  彼はそんな笑いを浮かべたまま、ふらふらと立ち上がってアドスについていく。  彼がアドスたちに追いつく間に、アドスはハルザに声をかける。 「おい、そろそろ諦めたらどうだ?お前のせいであいつはあんな目に遭ってる。もっと違うのもいるだろ。だって無料(ただ)じゃねえんだー」 「じゃあ、こんなクソボロ居酒屋なんか、もう来なければいいじゃないの」 「そういう訳にもいかなくてだな、」  彼らはグリムが追いついたのを認めると、口をつぐんだ。  アドスはグリムの顔を見てため息を再度つくと、液体の入った小瓶の中身を無理やり彼の口につっこんだ。つっこまれているグリムは、抵抗のての字も感じさせないほどに無抵抗だった。  彼の目に、徐々に生気が戻ってくる。そんな彼を、ハルザが溢れる感情を目に秘めて見つめ、こぼれた一部の感情の残滓を口からすべり出た。 「グリム…」  生気を取り戻したばかりの彼がその言葉を認識するわけもなく。完全に生気を取り戻すと、目をしばたかせた。  そして、ハルザを見た。  二人の間に、不思議な雰囲気が生まれた。  二人の雰囲気を前にしたアドスは、相容れない気配を感じて息をのむ。それと同時に、ほろ苦い感情が胸を満たした。  だが、その雰囲気は、微妙にしか感じていなかったグリムによって壊された。 「どうしたんですか?行きましょう」  ハルザは名残惜しそうな表情を一瞬見せたが、すぐにいつもの仏頂面に戻って言う。 「そうね。そうしましょうか」  そして、二人はスタスタと歩いていく。そんな二人に、アドスは手を伸ばしても届かない、高い壁を思い知ったのだった。  その後。居酒屋にいた男たちは、ヤケ酒にまみれた。その時の居酒屋の店長の顔はほくほくだったという。  寡黙で、無愛想で、塵ほどの愛情しかくれなかった母親。  玉座に座る、美しくて、嫌味で、それでも威厳のある女神。  無言を貫く勇者の仲間(パーティメンバー)たち。  一切喋りかけてくることのない人々。  いつだって、僕は孤独。  いつだって、僕は何かを待っていた。
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