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彼らは、いつも通りに探索しに行く。今日もまた見知らぬ冒険者共から悪口を吹っかけられるのだと思うと、憂鬱で仕方がなかった。
だが、この日だけは、ギルド内に入っても、声をかけられることはなかった。
「ほー、珍しいな。雑魚が一言も声をかけられないとは。はてさて、奴らはどんな会話をしているのか」
アドスが驚いた様子で、上機嫌に一番人が集まっているテーブルの方へ足を向けた。
この時間はすることがないので、自然と各自ギルド内でおしゃべり等を楽しむ時間となっていたのだ。
グリムも気になったので、アドスについていく。しかし、近くに行きすぎて目をつけられると嫌なので、声が聞こえる位置で遠巻きに眺めるにとどめた。
「…にしても、ハルザさんの友人、別名勇者がやったっていうアレ、すごいなあ」
「ああ、何しろ、Sランクを意味不明な方法で葬ったんだっけ?気違いレベルだわ、そりゃ」
「勇者といえば!」
違う男が憂鬱そうに言う。
「あっちの帝国で魔人が暴れてるってことだろ?」
「何だっけ、魔人って」
「知らないのかよ。魔王の元手下だよ」
魔人。
魔将四天王の一人で、最後の生き残りだ。
魔王は既に帝国に召喚された勇者によって討伐されていた。
魔王城の最奥に行く道中で勇者は遭遇したが、魔王戦に余力を残しておきたかったため、戦闘不能状態に追い込むにとどめた。
その結果、無事に魔王は倒せたが、幾らかの時が経った今、代償として魔人が魔王の弔い合戦を繰り広げているのだろう。
「なんかそいつ、このままだと帝国滅ぼしたら、順路的にこっちに来るらしいぞ」
「え、それまじ?もう移住しよっかな」
「おいおい、それは気が早すぎるだろ!」
「あれ?そいつも魔王と同じように、勇者が倒してくれるんじゃないの?」
その勇者はー
「そういえば、勇者って最近聞かないな。今、どうしてるんだろう」
何年も経って、既に忘れ去られていた。
勇者が積み重ねた、血の滲むあの年月は、一体なんだったんだ?
グリムは強く唇を噛む。
そんなの、あまりに勇者が不憫だ。
グリムはやるせなさを抱えて、ふらふらと立ち去った。
「お前の力は、そんなものか?」
地の底から響くような、威圧に満ちた声。
それが、その空間に響いた。
男は、血を吐いた。歯を食いしばって堪えようとするが、赤い血が口の端を伝った。
「…違う」
男は、自分にしか聞こえないような声で小さく呟いた。
「僕は、」
彼は顔を上げた。
「まだ、目的を達していない」
一瞬で纏ったその殺意に、魔王が息を呑むのがわかった。
そして、思い切り地を蹴り魔王に飛びかかる。
その彼の眼を見て、魔王は思わず怯む。彼は初めて、人間を怖いと思った。
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