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前編
空が、青く澄んでいた。
それは、自分とは対照的な、きれいな色だった。
そんな空に、彼は自然と微笑む。
その微笑みは、今にも消えてしまいそうに儚げで、見る者を惹きつける力のあるものだった。
「雑魚!」
短絡的に言われた悪口。それが自分に向けられたものだと即座に認識すると、その瞬間前を見た。
すると、目の前に、見上げるように大きな鷹の爪が、自分を裂こうと迫ってきていた。
「ひいっ…」
今度こそ死を覚悟して目を瞑るが、痛みを感じることはなかった。
なら、痛みを感じる間もなく死んだのか。そう思って目を開けるが、そこには閉じる前と同じ景色が目前に広がっていた。
「……?」
未だに死んでいないことに首を傾げる。なら、幽霊にでもなったのか。できれば成仏したかったな。そう思った矢先、呆れたような男の声が妄想を遮った。
「ったく。雑魚のくせに自分からのこのこ狩られに行ってんじゃねーよ。グリムが」
「…すみません」
小さく、呟いた。
「全く、これだから雑魚は」
後ろにいた女、ハルザもやれやれといった感じで首を横に振る。
「弱いんだったら後ろに下がってなさい。守ってあげれるから。雑魚」
そう言って、彼らはまたずんずんと進んでいく。
「ちゃんとついてきて。雑魚なんだったら、せめて荷物持ちの仕事くらいして。雑魚なんだから」
そう言って、ハルザはそっけなく前を向いて歩き始める。
彼はうつむいて、早いペースの彼らに追いつこうと、早歩きし始めたのだった。
「ひいっ…」
次々現れる凶悪な魔物たちに怯えたり、立ち竦んだりするだけの僕。完全に足を引っ張っている。
ーこれじゃ、来る前と何も変わらないじゃないか。
ふとそう思ったグリムは、悲しげに笑う。
それを睨みながら見ていたハルザは、目を大きく見開いた。
滑り出たかのように、彼の名を呟いた。
「…グリム」
久しぶりに聴いた、雑魚以外の呼び名。雑魚雑魚言っていた張本人が言ったのに、それは体中に染み渡るような気がするほど新鮮で、うれしかった。
彼は、そんな感動を差し押さえると、びくびくしながら問う。
「…なんで、しょう」
その問いで初めて彼の名を呟いたのだと認識したハルザは、早口で言った。
「なんでもない。ただちゃんとついて来い」
そう言うと彼女は、前よりもずっと早いスピードで歩き始める。グリムはあわてて、ほとんど走りながら追いつこうとする。
ーそれが、ハルザの照れ隠しだということを、当然グリムは知らなかった。
さっき名前で呼ばれただけで、少し彼の心は救われていた。
来る日も来る日も、誰からも『最弱』『ゴミ以下の、一エンにもならないクズ』等、罵詈雑言をふっかけられ続けていた彼にとって、飢えた人間が甘い菓子を与えられるのに等しい救いだったのだ。
曇りかけていた空が、また少しずつ晴れていく。
それは、今の彼の心情を表しているかのようだった。
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