親切なザセツさん

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 あれからどれだけの年月が過ぎただろう。私は智也に数えきれないほどの挫折を提供し、智也はその挫折の分だけ成長した。彼の残された人生もあとわずか。それが何を意味しているのか、もちろん私には分かっていた。  穏やかな余生を送っている中で、近頃はめっきり私の出番も減っていた。智也は自分の子供時代によく似た孫を隣に呼び、これまでの挫折だらけの人生を話して聞かせていた。   「ふーん、おじいちゃんはいろいろ苦労してきたんだね。僕、そんなにつまずいたら起き上がれなくなっちゃうよ」   「(つまず)いても、その後により良い未来が待っていると思うと、(つまず)く恐怖は無くなるものだ。だからいくらでも挑戦できる。おじいちゃんはな、挫折と友達なんだ」   「挫折と友達って、変なの!」    孫はケラケラと笑った。   「挫折に導いてもらった道を歩いてきたから、今まで幸せに生きてこられたんだ。本当に感謝している。今もおじいちゃんの近くにはザセツさんがいると思うぞ」   「え?どこどこ?」    人間には我々の姿は見えないと分かっていても、キョロキョロされると緊張する。   「もうおじいちゃんは歳を取り過ぎた。最後にザセツさんに伝えたい事があるんだ」    人間には見えていない、そのはずなのに智也は私の方を向きじっと見つめた。   「今までずっと傍にいてくれてありがとう。あなたに鍛えられたおかげで、今ではもう道に迷う事は無くなった。私はもう大丈夫だ。安心してくれ」    人間には見えていない。分かっているのに、私は涙で濡れた顔を見られないように背を向けた。今だ。今が最適な別れのタイミングなのだ。私がそれを見逃すはずがない。私は彼の専属なのだから。共に歩んできた中で与えてもらった思い出と幸せを手に、私は智也に別れを告げた。    「サヨナラ、智也」    智也と共に歩いてきた道を外れ、新たな道を歩き出す見えるはずのない私の背中を、智也は優しい眼差しで見送った。     「サヨナラ、親切なザセツさん。あなたに会えて本当によかった」    
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