第7話 白いトカゲ

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第7話 白いトカゲ

 セイリスは四日後に帰って来た。  今度はきちんと彼の帰宅が伝えられ、挨拶を交わすことができたが、四日ぶりに会った夫は、相変わらずの氷壁っぷりだった。  顔を合わせたレヴィアに、表情一つ変えない。夫の豹変をみたあの夜、二日も会えていないと苦しそうに吐露していた彼はやはり夢だったのでは? と今でも思ってしまう。  とはいえ最後に見送ったときに伝えたレヴィアの要望は、きちんと守られている。  今日も帰宅後、何度か名を呼んで貰えたことを思い出すと、何だか胸の奥がこそばゆくなってくる。   (お飾りの妻とはいえ、少しは互いの距離が縮まったかもしれない)  就寝の挨拶を終えて寝室に引っ込んだレヴィアは、窓から外を見ながらそんなことを考えていた。しかし、浮ついていた気持ちが現実に引き戻される。 (距離が近づいたなんて……仲良くなって一体何があるというの? 元々、お互いの利害が一致しただけの結婚だというのに)  理性に事実を突きつけられ、はぁとため息をつく。  猫に対して優しく、さらにレヴィアに好意を寄せているような夫の言動を見たあの夜から、今まで恐怖の対象でしかなかった彼が気になって仕方がない。  何故気になるのか、自分が抱く気持ちを考えてみるが、答えは出ない。  モヤモヤを吐き出すように大きく息をつくと、レヴィアは勢いよく立ち上がった。グズグス悩むのは性に合ってない。 (もう一度、猫の姿でセイリス様の所に行ってみよう。何が、見えてくるものがあるかもしれないわ)  決意したレヴィアが部屋の明かりを消そうと窓に背を向けた時、どこからか視線を感じた。  何気なく振り返ると、窓の方に手のひらからはみ出るほどの白いトカゲがいた。真ん丸な瞳がこちらを見たまま固まっている。  トカゲなど、ディファーレ家でよく見られた。  いや、トカゲに関わらず様々な生き物や虫が屋敷内に出没していたため、すっかり慣れており、悲鳴をあげる可愛げはとうの昔に失っていた。  トカゲなど、むしろ可愛い部類に入る。  このトカゲに関しては、白い体に丸い目がとても似合っている感すらある。  アイルバルト侯爵領は、田舎であるディファーレ家に負けず劣らず緑が多い。このトカゲも、部屋の光につられ、たまたまここまでやってきたのだろう。 「白いトカゲなんて珍しいわね。なんだか縁起が良さそ――」  そこまで呟き、レヴィアは言葉を止めた。  懐かしい気持ちが湧き上がる。 (そういえば昔、同じようなことがあったような……)  記憶が昔へと遡る。  あれは八年前の十五歳の時だった。  育ち盛りの弟妹たちのお腹を少しでも満足させたくて、弟たちを連れて山菜を取りに行った先で、弱った白いトカゲを見つけて保護したのだ。  白いトカゲなど珍しいという理由で。 (あの時は、トカゲも焼けば食べれるんじゃないかっていう弟たちを抑えるのが大変だったわね……)  いくら飢えててもトカゲを食べるなど、最終手段だ。  トカゲを食べようと沸く弟たちを諦めさせるため、こんなことを言った気がする。 「白いトカゲなんて珍しいんだから、きっと良いことの前触れだわ。食べずに自然に返してあげたら、いつか恩返しに来てくれるかもね」  もちろん、トカゲが恩返しにくることも、何か特別に良いことがあったわけでもないのだが、弟たちは納得し、保護した後は無事自然に帰してあげることができた。  今思い出しても、滅茶苦茶な理屈だ。  ふふっと笑い、懐かしい記憶に想いを巡らせている間に、トカゲはいなくなっていた。巣に戻ったのだろうか。 (さあ、私も準備をしましょう)  気を取り直し、レヴィアは部屋の明かりを全て消した。部屋が闇に包まれ、目の前がぐにゃりと歪む。  猫となったレヴィアは窓から外に飛び出すと、セイリスの執務室へ一直線に向かった。
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