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-蟲どもは鈍色の夜に歌う-編 一話 I 'm (We're) not a steppin' stone.1
その男は凶運のもとに生まれた。
人にはどうあがいても逃れられぬ
定めというものがある。
特殊な風習と能力のある土地に生まれ
物心がつく前から
苛烈な訓練を施された。
閉鎖された特殊な生活は
強力な力と歪曲した性格とを
彼に与える。
大きな力や存在には、
奇異で過酷な運命が
黒くこびり付くように
付きまとうものである。
2048年7月のある日。
蝉が鳴いている。
都内のとある高校前。
塀の中には庭木が生い茂っている。
校門には深くヒビが入っていた。
登校する生徒たちを尻目に
異形の男子生徒が
校舎を睨み屹立している。
20世紀からの温暖化によって
気温は上昇し春と秋はほぼなくなっていた。
朝から真夏日で
足元のアスファルトからは
陽炎が上がっている。
不快な湿気と熱気は
いつの時代も変わらない
人の情念を具現化するように
ゆらゆらと揺れる。
彼はその暑さの中で学ランを着ていた。
汗ひとつかいていない。
彼の周りだけ青白い冷気が
取り囲んでいる様だった。
学ランのボタンは全部開け、
下には派手なTシャツが
のぞいている。
背たけは170cm程度であろうか。
身体は細身ではあるが
格闘技経験者特有の
力強さを感じさせた。
髪型はパンクロッカーのように
ベリーショートの金髪で
とげとげしく光り逆立つ。
肌の色は血管が浮き出る程に青白く
眼光は強く日に当たり光を宿していた。
左耳にはピアスが2つ。
それは勇気と誇りを示す印だが、
鬱積した彼の反逆の精神を
現した物でもあった。
過去にそれを行動に移した結果であろう、
左の頬には大きな十字傷が刻まれている。
背中にはギターケースを背負い
腰にはチェーンアクセサリーがたなびく。
その中の一つに
テニスボール大の黒い球体が揺れる。
球体には禍々しい紋章が描かれ、
中央には漢数字で「九」と記されていた。
分厚く黒いラバーソウルの付いた
白いエナメルブーツで
大地を踏みしめる。
背筋を伸ばし、
ポケットに両手を突っ込んで
一歩踏み出ようとした。
その時。
登校していた女生徒が
向こうから歩いて来た男にぶつかった。
男は光沢のある白のスーツに
サングラスをしてガラが悪い。
女生徒はすぐに頭を下げたが
男は激高した。
「あー!あー!あー!
痛えじゃねえか!
お前この学校の生徒か?下級国民が!
上級国民様にこんな事していいと
思ってんのか?
親はどこだ!役所に突き出すぞ!」
「すいません!許してください!」
女生徒は怯え
涙目で何度も頭を下げた。
しかし男は聞かない。
「あーあーあー!
足も踏みやがってるじゃねーか
この靴の汚れどうすんだ!」
男は地面を指さした。
「靴拭くから
足乗せる台になれ。」
女生徒はギョッとしてためらう。
しかし男の圧力に負け
目をつぶり
おずおずと地面に手をつこうとする。
「すみませんでし…」
周りの登校している者たちは
恐れて何も言えない。
その時
鈍い衝撃音が鳴り響いた。
ギターケースが
男の顔にめり込んでいる。
サングラスは砕け散り
男はあおむけに倒れて
動かなくなった。
女生徒が見上げると
彼は赤い目でぶっきらぼうに言った。
「行きな。
ギターを出そうとしたらぶつかった。
君はそれに巻き込まれた。オーケー?」
女生徒は頷き
何度も礼を言うと
校内に走っていった。
彼は倒れている男を見下ろす。
次にギターケースから
刀を抜くように勢いよくギターを取り出すと
体を弓なりにのけぞらせてかき鳴らす。
弾き終わると人差し指を天にかざし
ロックスターの様にポーズを決めてつぶやいた。
「お前らの踏み石にはならねえっ!」
再びギターをひと鳴らしすると
校舎を見上げた。
「牙雀(がじゃく)!ヤツは校内にいるか?」
黒球から彼の頭の中に
低くしゃがれた声が聞こえる。
「うるせえな。
いいか、エイジ。
俺はてめえのオトモダチじゃねえんだよ。」
エイジは表情も変えず返答する。
「OH!ファ〇ク!
い・る・の・か?と聞いている。」
牙雀は答える。
「ちっ。いけすかねえガキだ。
いるよ。縄張りに入った。
気づかれていると思え。」
エイジは片方の口の端を上げ
ニヤリと笑う。
挑戦的で不遜な顔になる。
「ロックだな。」
歩き出し校舎の中へ入っていく。
その時、牙雀はそれとは別に
もう一つの存在に気づいていた。
しかしエイジに伝える事はしなかった。
牙雀に言わせれば
「そこまでの義理はねえよ。」との事である。
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