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-蟲どもは鈍色の夜に歌う-編 二話 細やかな日常を愛でる者。1
結城妙子。
妙子は2年C組の中でも
目立たない方の女生徒である。
妙子は自分の名前を気に入っている。
通常に読み下すと
妙な子と言う意味になるので
幼少の頃は嫌っていた。
しかし、両親から
「絶妙」と言う言葉がある様に、
「素晴らしい」「珍しい」と言う
意味もある事を聞かされてからは
良い名前の様に感じるようになった。
また、
その良い意味を他の皆が知らず
自分だけがひっそり
そう言う意味があるのを
知っているのが誇らしかった。
顔は目がパッチリした小動物顔で
実はかわいいのだが
本人の性格がそれをかき消していた。
背が低く
おさげを2つ前に垂らし
黒縁眼鏡をかけ
制服を校則通りに着る。
成績は中の上くらい、
数学が苦手で国語が得意である。
小心者で
漫画や小説をこよなく愛する。
妙子はクラスの
後ろから2番目の席に座っていた。
そこから
エイジの姿を見た時に
妙子は困惑し途方に暮れ、
机に突っ伏した。
目線を悟られるのを防ぐ為
「はだしのゴン」と表題の着いた古い漫画本で
顔を隠しながら何度も何度も
目を皿の様に広げて転校生を見返した。
そしてこれが何かの間違いである事を望んだ。
しかし変えようのない現実を
目の当たりにすると
漫画本に顔をうずめてしまった。
この学校では
何らかの委員会に
所属しなければならない。
これまで妙子はもう一人の男子生徒と
図書委員を務めていた。
しかし先日その男子生徒が
家庭の都合で退学した。
必然的にエイジが
図書委員に決定する事となる。
「あの金髪くんと二人で図書委員ぇ…。」
妙子には想像もつかなかった。
今まではあんな種類の人間とは
極自然に極極積極的に距離を置いてきた。
あの手の人間と目が合いそうになれば
空に珍しい鳥を見つけて
はしゃぐフリをして
逃げるのが定番だった。
漫画の中ならああいうのも
キャラが立っていて良いが
現実世界で利害関係や義務が絡むと
途端に厄介な存在である。
漫画でよくある優等生と不良の恋なんて
大嘘だと思っていた。
この後、話しかけて
委員会の説明しなければならない。
罰ゲーム以外何物でもない。
しかし逃げられないとあれば
できれば友好関係を保てる程度の
人物であって欲しい。
淡い望みを抱きながら
また彼を見ては
再度絶望した。
「頭悪金髪ピアスに
意味フ夏学ラン、
チェーンアクセサリーで
ヤカラ感マシマシ…
それであの態度。なにあの態度!?
ていうかギター。
何故にギター?
ホワイドゥユーハブアギター!?
あんなん無理ポ…。」
妙子は涙目になっていた。
あんな反社が本を読む訳がない。
大事にしてくれる訳がない。
前任の男子生徒は
本の好きな優しい人だった。
勉強して進学を望んでいたが
父親が戦争で負った怪我の後遺症で亡くなった。
家計が苦しくて
小さな妹もいる彼は
高校を辞めて働かざるを得なかった。
退学のその日を思い出す。
「読書や勉強なら、
働きながらでもできるさ。」
そう言って笑っていたのが心に痛かった。
今、制約はあるが
自分が享受している生活は
いつ自分の手から
なくなるかもしれない
貴重な物なのだと痛感した。
皆は委員会活動など
面倒だと嫌がるが
そういう事ができるだけでも
大事にしたいと思った。
ささやかな自分の宝物のような
日常なのだ。
あのイカレた金髪マンに
台無しにされたくない。
無理でも怖くても
彼に分かって
もらわなければならない。
「最悪、ある事ない事先生にチクって
追い出してやれ。ヒヒヒヒ。」
妙子はマンガ本の陰で腹黒く笑いながら
悪魔の声に一切逆らおうとしなかった。
後回しにすると勇気も出なくなるし
ハードルも高くなる。
ホームルームが終ったら話しかけよう。
妙子はそう決意した。
担任教師に促され
一番後ろの席に着こうとするエイジを
じりじりと睨みつけた。
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