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ー暁に旅立つならば。ー編 水崎葵の事 12
「葵!」
棟梁はランプを置いて助けに入ろうとした。
「大丈夫!」
しかし葵はそれを止めた。
そして目を閉じて胸の前で手を組んだ。
「大いなるものよ小さきボクに力を貸し給え。」
絡みつかれ引きずり込まれながらも
念仏を唱えるように繰り返し小声で何かをブツブツと呟く。
「北方玄武
太陰より化生し危宿を具して
九地をさすらい、万霊を統べ、
我の右より来たれ
斗、斗、斗。」
葵の心は水平を取り戻していた。
水を操り
先ほど出した波紋を消し去って行く。
すると水底から湧き出ていた手も
するすると葵を放して池の中に消えて行く。
葵は身体を動かさず
水を使役して水上まで浮かび上がった。
そのまま歩く事なく水に自らを運ばせて
向こう岸に付いた。
渡り切ったこちら側は
寒気と言うか妙な違和感がした。
棟梁はほっとした表情を見せていた。
「水の中を見てみい。何が見える。」
葵は棟梁に言われるままに
池の中を覗き込む。
池の端からほぼ垂直に落ち込んでいる奥底は
暗く不気味でよく見えなかったが
ゆらりと巨大な亀が泳いでいるのが見えた気がした。
「大きな亀が見える。」
棟梁はそれを聞くと
再び葵に目隠しをして屋敷に戻った。
葵は合格したのである。
戻る通路、
葵を後ろに連れながら
棟梁は先ほどから驚きが抑えられなかった。
一族でない葵がこの短期間で成長し
水鏡に合格して見せた。
これまでの水崎の歴史ではありえない事であった。
棟梁はある話を思い出していた。
水崎の一族と同様
日本には古来こういった術を
受け継いできた能力者たちがいる。
それぞれの縄張りの確認や
術の研鑽の為に自然と
彼らと関りを持ち情報交換をする。
そこで聞いた。
能力者たちは自分たちの術の力が
最近何もせずとも上がってきていると言う。
棟梁にも思い当たるふしがあった。
政府が紛争の為に東京で超常能力者を開発している。
その何かが自分たちに影響しているのではないか。
またさらに、
一般の者の中にも能力者が出始めていると。
葵はそれではないのか。
出身は東京だと言っていた。
棟梁の心に迷いが生まれたが
すぐに平静を取り戻した。
それもまた水の流れならば
従うのが水の眷属である。
水鏡で玄冥は葵を認めたのだ。
棟梁はそのまま葵を
玄冥の守護の一番として育てようと考えた。
しかしその役目は
一族の中心的役割になるにも関わらず
葵は依然として
周囲に一線を引いたままだった。
また一族の他の者たちが
それを面白く思うはずはなかった。
特に治郎は特別に情念を燃やしていた。
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