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ー暁に旅立つならば。ー編 水崎葵の事 13
不幸な目に会った子供と言うものは
得てしてずる賢く、そして卑怯になる。
当時の葵も例外ではなかった。
水崎の家にたどり着くまでの経緯でも
まず自分の身の安全と
食い扶持を得なければならない恐怖と不安に苛まれる。
またここに着いてからも
自分の方が能力は上であるが
よそ者はよそ者と言う自覚を持っていた。
自然と立ち回りには
細心の注意を払うようになる。
そうすると
周囲も見下されている、
また嫌われていると感じ取る為に
人間関係は悪化していく。
さらに今回の玄武の守護の一番につく事は
相当な風当たりが予想できた。
それならば水鏡など辞退すれば良かった。
しかし受けた。
自分でも驚くが
葵は思いのほか水使いに入れ込んでいたのである。
先の見えない絶望の中から自分を見出してくれた、
自分に生きる理由となる役目を
与えてくれた物だった。
その軋轢から
いつしか葵は屋敷の内外で
他の者と会話しなくなっていた。
ただ唯一、斗真とだけは話した。
時々、
夜に2人で屋敷の屋根へ上がり
月を眺めてたわいのない話をした。
葵は今の問題の事などは話さなかった。
ある時、斗真が訊ねた。
「守護の一番は…大丈夫なのか?」
葵にはそれが
斗真の友情からの言葉である事は分かっていた。
しかし悩み事にストレートに切り込まれると
心の痛みから反発してしまった。
「うるさいな!
一番に選ばれたのはボクなんだ!」
葵は斗真を置き去りにして
屋根から飛び降りてしまった。
自分が女である事や過去は
彼にも隠したままだった。
斗真は葵の後姿を見送った。
斗真はいずれ
周囲が敵意を実行に移して来るのではと心配していた。
葵は1人、自らの部屋に戻り
これからの立ち回りを考えた。
斗真の心配は実現し始めた。
武術の訓練が始まると
組み手で体格の勝る者たちが
次々に葵の相手に名乗りを上げて来た。
彼らの中心には例の治郎がいた。
術や戦術を使えば
葵に分があるが
純粋な格闘では歯が立たない。
「卑怯だぞっ!」
斗真も苦渋の表情で叫んだが
訓練である以上
止まらなかった。
葵は連続で打ちのめされて
ボロボロにされた。
「大丈夫かっ!?」
倒れた葵に斗真が駆け寄り
抱き上げるが負け犬と言うよりなかった。
治郎は葵を見下して
ほくそ笑んでいた。
「お前っ!」
斗真は怒りにかられ飛び掛かろうとしたが
葵は腕を掴んで止めた。
「いいんだ…。これも修行だよ。」
その後も同様な事は度々続いた。
また、水鏡の後から始まった
棟梁からの直々の指導も厳しかった。
起きている間は四六時中
水を操っている事を命じられた。
その上で通常の訓練と
棟梁との組手が続いた。
棟梁は一切甘えを許さなかった。
無数の組手を行い
歴然とした力量差の棟梁に
一撃入れられるまで終わらなかった。
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