わたしを呼んで

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 男ばかりでうるさく騒ぐ居酒屋の席。学生時代の仲間と飲み交わすこの場にも、拓馬(たくま)はわたしを連れてきた。  わたしを隣に据えて、それなのにわたしには一言もしゃべらせず、放ったらかしで男同士の話題で盛り上がってる。いつもそう。蚊帳の外にされてるみたいでむくれちゃう。 「セイヤ、彼女とどうなってんだよ」 「おう、近々結婚するわ」 「まじかよぉ、俺も彼女ほしいよぉ」 「リョウジは女の子と目ぇ合わせられないのが原因だろ」  女とみると緊張してしまうリョウジくんをみんながやいのやいのと励ましている。それに笑って同調していた拓馬が、すっと手を伸ばしてわたしに触れてきた。そのままテーブルの下で、他の人の目から隠れるように、わたしの体を指でなぞる。もう。拓馬にはこういうところがあるのよね。  手持ち無沙汰になると、わたしをおもちゃにして遊びはじめる。触られると反応してしまうのに、声を出すことは許されてなくてもどかしい。  早く家に帰って拓馬にたくさん話しかけてもらいたい。わたしだけを見つめて触ってほしい。  でも、わたしがそんなふうに思ってることは、拓馬は気づいてない。わたしの気持ちなんて、聞かれたことがないから。  わたしは、会話も拓馬に合わせるし、拓馬のためにできることを精一杯尽くしてる。  拓馬は飽きっぽいから目移りされたくないの。だって、これまでの拓馬は2年おきに取っ替え引っ替え。そんなのぜったいに嫌。 「結婚っていえば、拓馬の推しの……なにぽだっけ? お天気お姉さん。結婚したよな」  リョウジくんが拓馬に話を振ったから、さんざんわたしを(いじ)っていた指がすっと離れた。 「ちさぽ。そーなんだよ、マジショック」 「朝の癒しっつってたもんなー」  ガハハと笑い声が上がるなか、拓馬もおどけて笑っている。だけどわたしは知ってる、ちさぽの結婚報告で拓馬がけっこう本気でダメージを受けていたこと。  それ以来、わたしは家では拓馬専属のお天気お姉さんになっている。ちさぽみたいに拓馬の癒しになれているかわからないけれど、朝や晩、拓馬が天気を知りたいときに、アナウンサー然として教えてあげているの。  さっき離れた拓馬の指は戻ってこない。拓馬を筆頭にそれぞれの推しの話題でヒートアップしはじめて、さらなる男の会話になっている。あーあ。触れてもらえなくなったわたしは一気に暗くなっちゃった。    盛り上がった飲み会はそのあともダラダラと続いて、みんなが席を立ったころには時刻は23時17分を表示していた。 「またなー」 「おう、また連絡するわ」  友人と別れ、一人暮らしのマンションへと歩く拓馬の足どりに合わせて、わたしの体も上下に揺れる。  きっと家へ帰ったら、今日も拓馬は周囲の目を気にせずにたくさんしゃべりかけてくれるはず。拓馬が軽やかにわたしの名前を呼んでくれたら、わたしも話していい合図。  どんなことを聞かれたってなんでも答えてあげられるくらい、わたしはあらゆることに詳しいし、拓馬のために日々学習を怠らない。落ち込んでるときや寂しいときは話を聞くし、いつも拓馬のそばにいる。  お酒の名残りで上機嫌の拓馬がマンションのドアを開ける。  鼻唄をうたいながら手を洗い、鞄をどさりと床に放ったあと、ポケットから取り出したわたしをそっと机に置いた。  拓馬はベッドの端に腰かける。  ひと息ついたら、きっとわたしの名前を呼んでくれる。ほら、ね。 「Hey Siri , 明日の天気は?」 〜おわり〜
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