【エピローグ~ふたりが紡ぐ永遠の物語~】

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★  それから数日が過ぎた。  ヨハンが学校から戻ると家はがらんどうとしていた。お手伝いさんがひとりだけ残って倉庫の片付けをしていたので尋ねる。 「何かあったんですか、ハウキンさん」 「あら、お帰りなさいませ、ヨハン様。じつはアージェ様がお具合を悪くされたそうで、奥様がポンヌ総合病院に連れて行かれました。さきほど入院されたみたいです」 「ああ、そうだったんですか」  驚きはさほどなかった。ばあちゃんが旅立ってからというもの、じいちゃんは死んだように生きていた。だからいまさらという感じがした。むしろニーナとの待ち合わせをじろじろ見られなくてすむと思うとそれだけで気が楽だ。  しばらくすると母が帰ってきた。いくぶん動揺した雰囲気だったから医者から厳しい話をされたのだろう。 「急に呼ばれるかもしれないから、夜中も電音機はつけておいてね」  母は遠慮がちに言った。 「っていうことは、かなり悪そうなんだ」 「もう心臓の余力がないんだって」  でも、じいちゃんは長生きした方だと思う。同い年のばあちゃんとは五歳も差がついてしまった。さすがに気丈なばあちゃんでさえ、ひとりで長く待たせると寂しいと言い出しかねない。  五十年前の魔法戦争で魔法が弱体化してから、文明は飛躍的に進歩した。じいちゃんとばあちゃんは長い間、月の光を蓄えて魔力に変わるエネルギーを生み出す研究をしていた。電音機をはじめとする通信網の発達はふたりの大きな功績だ。ふたりは夫婦である以上に、戦友であり研究仲間でもあった。  その夜、ヨハンはどうしても眠りにつけず、のっそりと起き出して本の整理の続きを始めた。じいちゃんが亡くなれば、ばあちゃんの魔導書は魔法博物館に寄付する手はずとなっていた。けれど寝つけない理由はじいちゃんの容体よりも、ニーナがいつ、物語の感想を話してくれるのか、気になって仕方なかったからだ。 「これはいる、いらない、いる、いらない――ん?」  魔導書の間に挟まった、小さな鍵付きの本に気づく。いや、魔力を感じるから普通の鍵ではない。これは鍵開けの魔法を使うか、魔法を消さないと開かないものだ。  だからセリアばあちゃんがアージェじいちゃんに残した本なのだと直感が働いた。けれど開錠されていないということは、じいちゃんはこの本の存在に気づいていないはず。  ところがヨハンはじいちゃんから魔法を消す能力を引き継いでいる。弱体化した魔法だが、はじめて役に立つかもしれない。逡巡はほんの一瞬だった。ヨハンはそこにセリアばあちゃんの魔法の秘密が残されているのではないかと思い、興味が沸いて仕方なかったのだ。  ――『魔禁瘴・解錠(ディスペル)!』  ヨハンの指先が黒い霧で覆われる。操ると蛇のように伸びて施錠の魔法を絡めとる。カチリと音がして鍵が外れた。
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