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アージェは秘石の言葉を信じ、脳内に響く秘石の意志に身を委ねる。するとアージェの左腕が無意識に宙を指し、指先で六芒星を描き始める。指の軌道をなぞるように秘石の魔力が魔法円の輪郭を残してゆく。描いた魔法円は強い光を放ち始めた。
『この魔法円は我々の領域にいたる扉となる。だから汝は心のままに撃てばよい』
「やってみせます!」
腰をかがめて右腕を引き、精神を集中させる。構えた右腕に黒い闇が渦を巻く。アージェの決意に呼応するように闇は密度を高め、世界のすべてを飲み込むかのような深淵の闇が形成される。
アージェの魔法発動を確かめたガルシアは、残された魔力のすべてを左腕に込め、灼熱の炎を具現化させた。その炎をソウルクラスターのばっくりと開いた口の中に激しく突き込む。
『魔力を喰いたけりゃ、これを喰らえェェェ!!』
ガルシアの放つ炎がソウルクラスターの体内に注ぎこまれて爆発した。その衝撃でガルシアの左腕も砕けるように吹き飛ぶ。ソウルクラスターは全身を沸騰させて悶え始めた。
「ダ……フ……グゴ…………ビ…………」
ガルシアはアージェに向かって声を張り上げる。
「今だ青年よ! 全力で魔法を放て!!」
「はいっ!」
――今ならわかる。どうして魔法を消し去る能力が存在するのか。
強大な力は、時として生けるものを不幸に巻き込んでしまう。
魔法が戦争の兵器として不幸を生み出す存在になり得るなら。
悲しみや憎しみ、そして復讐の連鎖を呼ぶ根源となるのなら。
その力を律する存在もまた、なくてはならないもののはずだ。
――だから俺は、負の連鎖で地上の世界が崩れゆくのを救うため、この力を魔法の世界から与えられたに違いない。
心からの願いを、握った拳に込めて祈る。
「苦しむ者には安らかなる眠りを。そして世界には悠久の平和を――」
――『魔禁瘴・魔法の世界からの贈り物ォォォ!』
「「「「『いっけえぇぇぇ!!!』」」」」
皆の魂を込めた声援が塊となって、放たれた魔禁瘴を後押しする。
神秘の魔法は闇を斬る一閃の彗星となって、ソウルクラスターの深部を貫いてゆく。
負の感情に支配された魔力を根こそぎ絡め取り、魔法戦争の悪夢を浄化しながら、はるか空の彼方へと突き抜けていった。
しばらくの静寂の後、どこからともなく拍手喝采が沸き起こる。その音色は伝播し、怒涛の荒波となってアストラル島に響き渡る。
魔法が消えた空には、皆の祝福を受けて右腕を天に掲げるガルシアの姿があった。ガルシアは命を賭してアストラルを守り抜いた英雄と、誰もが認めていた。
アージェはかすかに白みかけた空の向こうに視線を投げて思う。
なぜならこの空には、もうすぐ眩しい夜明けが訪れるのだから。
この世界には、昨日までとは違う今日がやってくるのだから――。
(第六章 完)
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