【最終章 また逢える日を夢見て】

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 ようやっと絞り出したのは、迷いの欠片としか取れない言葉だった。けれどアージェの表情が変わることはない。セリアがメメルを気遣い、返事をためらうのは予想していたことだ。  アージェはそっと思いのたけをこぼす。 「答えはすぐにじゃなくていい。ただ、セリアはずっと同じ目標を見て、力を合わせてきたかけがえのない仲間だ。だからこれからも一緒に魔法の研究をしよう。同じ夢を見よう。同じ未来に出かけよう。そして長く穏やかな時間を過ごそう」  セリアはひとつひとつの言葉をうなずきながら聞き、しっかりと胸に刻みつけている。皆、息を潜めてふたりの様子を見守っていた。ブリリアンだけは憔悴して顔面蒼白だ。  伝え終わったアージェは視線をテーブルの反対側へと移す。その先ではミレニアが慈愛の瞳でアージェを見つめている。そのまなざしはアージェの優しき母そのものであった。  アージェは大陸の洞穴で見た壁画を思い出す。そこに描かれていた最強の魔法使いの名は「アーク・シェプター」。けれどアージェはどうしても気になっていたことがあった。その隣にいた女性の名前はいったい何というのか。  ピピンは答えた。その女性の名前は――「ミレニア・シェプター」だと。聞いてアージェは確信したのだ。  だから魔法戦争が終結しポンヌ島に帰還した時、アージェはミレニアに尋ねた。「ミレニアさん、ほんとうは俺の母親なんですよね」と。  するとミレニアは肩を震わせぽろぽろと涙をこぼし始めた。ほかの孤児たちよりも自分のことを一番気にかけている、そう感じていた理由が腑に落ちた。 「黙っていてごめんなさい。マザーは敬虔な信徒、それも未婚の女性でないと務まりません。けれど私はあなたのそばにいたくて、神様に嘘をつきマザーの職についたのです」  そんなミレニアの心中を察し、アージェは彼女を抱きしめる。 「いえ、俺はただ嬉しいんです。天涯孤独だと思っていた自分の家族の姿を知ることができて――」  だからアージェはミレニアの目の前でプロポーズをしようと決めていた。この人を家族に迎え入れたい、という意味を込めて。  ところがその時――。  窓の外から不敵な笑い声が聞こえた。目を向けると闇の中に浮かぶ人の姿があった。闇夜と同色のタキシードとシルクハット、月の辺縁を切り取ったような形をした深紅の唇。エールが翼を広げて威嚇している。 「諸君、なかなか楽しそうな晩餐じゃないか」  間違いない――ヴェンダールだ。  背筋に寒気が走る。皆立ち上がり、緊張感をみなぎらせた。するとヴェンダールは呆れたように両手を広げて言い放つ。 「おいおい、これから戦争でもおっぱじめようって気か?」 「何しに来たんだ、ヴェンダール!」 「そういきり立つなって。今日は祝辞とお礼を言いに来たんだからさ」 「祝辞と、お礼……?」
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