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古代文字を解読し、術式を成功直前まで持ち込んだヴェンダールなら知っているはずの最後の条件。それさえ知ることができれば生命再生の魔法は完成したも同然だ。皆、固唾を飲んでヴェンダールの反応をうかがう。
ヴェンダールは鼻からフンと息を吐いて嘲笑う。
「そうだったな。ならば詠唱者に教えよう」
迷わずセリアが手を挙げる。ヴェンダールは不気味な笑顔を浮かべ、紅の唇をセリアの耳元に近づける。そして詠唱者に課せられる条件を伝えた。
「――――――――だ」
聞いたセリアは瞳を二倍にして驚きをあらわにする。けれどすぐに表情を落ち着け、ゆらゆらと部屋の中に戻ってきた。
その様子を見届けたヴェンダールは両手を広げて天を仰ぐ。
「ハッハッハー、それでは生命再生の成功を祈っているよ! さらばだ!」
晴れ晴れとした表情で闇の中に消えてゆく。残されたセリアのほうがずっと思いつめた顔をしていた。
「セリア、その条件って――」
セリアはうつむいてふるふると首を横に振る。
「今すぐは無理。でも必ず成功させられると思う」
そして顔を起こし、アージェの瞳をじっと見つめる。セリアの瞳は何かを言いたげで、けれどその胸中をアージェは推し測ることはできない。
セリアが、すぅ、と息を吸い込む。
「わたし、ちゃんと約束するから。メメルちゃんをアージェに会わせてあげるって。だから――もう少しだけ時間がほしいの」
「あっ、ああ――わかったよ」
「それと――わたし、アージェのプロポーズをお受けしたいと思います」
「えっ!?」
突然の意思決定にアージェのほうが驚いてしまう。けれど数秒の沈黙の後、ふたりの背中を押すかのように拍手が鳴り響く。ブリリアンは衝撃のあまり失神してしまった。
アージェはうなずきセリアと肩を並べる。ふたりは皆のほうを向いて深々と頭を垂れた。
ふと窓の外に光が灯る。気づいたアナスタシアが懐かしそうにこう言う。
「来たよ。月光が消ゆる夜の、時が移ろう刹那が」
街中がさまざまな光で明るく色づいた。光が空に向かって線を描いて伸びてゆく。
それは魔法島に残された魔法の残滓が、みずからの存在を確かめながら輝いて消えてゆく光。ただ、以前に目にした時よりもずっと儚い。きっともう、見ることのできなくなる光景なのだ。
アージェがアナスタシアに視線を送ると、アナスタシアはにっこりと微笑み返した。またいつか見ようというアージェの約束は今、果たされたのだ。
皆、街の光景をうっとりとした目で眺めている。
それは魔法を失った世界の、新たな夜明けでもあった。
するとアージェの胸元の宝石が、りーん、と澄んだ音を奏でた。
まるでメメルが、皆に訪れる未来を心から祝福しているかのように――。
(最終章 完)
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