【エピローグ~ふたりが紡ぐ永遠の物語~】

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【エピローグ~ふたりが紡ぐ永遠の物語~】

 セリアばあちゃんが亡くなって五年が経ち、書斎を片付けることになった。  けれどいまだに魔導書の整理が終わらないのは、その量が膨大だからではなく、一冊の本がヨハンの目を引いたからだ。 『アストラル魔法戦記』  ばあちゃんが若かりし頃、アージェじいちゃんとともに魔法の戦いを繰り広げた日々が綴られている本。  ふたりはここ、ポンヌ領にある孤児院の出身で、魔法鉱石を使わずとも魔法の発動が可能な、いわゆる生粋(ギフテッド)の魔法使いだった。戦争の根源は魔法を渇望した人間の欲望と、帝に忠誠を誓った配下の計略であり、じいちゃんとばあちゃんが魔法学院の仲間とともにその暴走を食い止める形で幕を下ろした。魔法戦争が終結したのはもう五十年も前のことになる。  読み終えたヨハンは感無量の思いでその本を閉じた。ただ、内容はいくばくか空想的だった。  その物語には、もうひとりの主人公がいた。 「メメル」という名の女の子。ふたりと同じ孤児院で暮らし、物語の冒頭で戦争に巻き込まれて命を失ってしまう。魂だけが『クイーン・オブ・ギムレット』という秘石に閉じ込められて残された。ふたりはその女の子を生き返らせるために生命再生の魔法を求めて冒険をし、戦いへと巻き込まれてゆく。  けれどその女の子の魂がどうなったのか、結末は書かれていない。それに「メメル」という名前の人物をヨハンは聞いたことがない。だからこの物語の半分はばあちゃんの空想で、「メメル」は物語のギミックなのだろうとヨハンは思っている。 「ヨハン、まだ終わらないの? 午後は出かけるんでしょ」  屋敷の階下から母の声が届く。時計を見るともう昼食の時間だ。今日の予定を思い出して急に胸が高鳴る。ヨハンは荷物の整理を中断し、急いで昼食を済ませることにした。その本は丁寧に鞄にしまい込んだ。 ★ 「ごめーん、待った?」  屋敷の門前で待つヨハンに駆け寄ってくるのは、愛らしい笑顔の女の子。ヨハンの同級生、ニーナだ。今日はふたりで図書館へ行き、勉強をしようと約束していた。  いくら魔法が廃れた現代だからといって、高名な魔法博士セリア・シェプターの孫であるヨハンの成績が振るわないとあってはシェプター家の恥になってしまう。けれどそんな建前以上に、ニーナと同じ進路に進みたいからという強い動機があった。もうすぐ中等部三年の夏が訪れるので、受験勉強は待ったなしだ。  振り返って屋敷を見上げると、最上階の部屋からこちらを見下ろすアージェじいちゃんの姿が見えた。ヨハンはその視線から逃げるように木陰に身を寄せる。セリアばあちゃんは「ヨハンはアージェの若い頃にそっくりなのよ」と嬉しそうに言っていたけれど、ヨハン自身はアージェじいちゃんのことがどうしても好きになれない。  規律に厳しいし、偏屈だし、頑固者だし、それに――いつもどこか暗い影を引きずっている雰囲気があったから。セリアばあちゃんが亡くなった後は輪をかけて陰気になり、家族の誰とも喋らなくなった。将来、ニーナを家族に紹介することになったら、一番会わせたくない相手はじいちゃんだ。(とはいっても、まだ告白すらできていない)  そんなヨハンと想い人のニーナが待ち合わせをするのを監視するように眺めているのだから気持ちがいいものではない。  いくらニーナが昔、セリアばあちゃんに助けられた過去があるといっても。
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