【エピローグ~ふたりが紡ぐ永遠の物語~】

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 慎重に本を開くと、目に飛び込んできたのは簡素なメッセージ。セリアばあちゃんの筆跡だ。 『親愛なるアージェへ  長く待たせてしまってごめんなさい。  あなたとの約束をいつか果たしたいと思っていました。けれどずっと果たせずにいたのは、わたしが生きることに甘えていたからなのかもしれません』  そんな冒頭から始まった、セリアばあちゃんの筆記。興味津々で読み進めてゆく。 『魔法戦争が終結してから三年が過ぎたあの日、わたしはヴェンダールから生命再生の魔導書(アスト・ヴェルケロニック)を受け取りました。あなたには秘密にしていましたが、この魔法を発動させるための最後の条件――それはすぐにでも実行可能なものでした。けれど、わたしはそれをしませんでした』  ヨハンは息をのんだ。生命再生の魔法なんて、ばあちゃんの空想でしかないと思っていたのだから。でも、ここに書かれていることが真実なのだとしたら――。 『なぜなら生命再生に必要な条件、それはクイーン・オブ・ギムレットの魔力を吸い込んだ魔導書、器となる肉体、そして――でした』  ――なんてことだ! そんなの無理じゃないか!  ヨハンの顔は蒼白になり、冷汗が頬を伝う。けれど文字を拾う目は止まらない。止められるはずがない。 『ですからヴェンダールはわたしが術者として名乗り出た時、最高の意趣返しができたと思ったことでしょう。わたしとメメルちゃんの生命を天秤にかけさせるという、非情な選択を突きつけることができたのですから』  心臓が激しく高鳴り、呼吸すらままならなくなる。 『わたしは戦争で孤児となった日から、自分の死を怖れたことなんてありませんでした。けれど戦いの中で、あなたとの幸せな時間が欲しいと思うようになってしまったのです』  一度、目をそらして深呼吸をする。強烈な胸の拍動が喉元まで伝わってくる。怖い、これより先を読むのが恐ろしい。行間に宿るセリアばあちゃんの葛藤が刃となり、平和慣れしたヨハンの緩い心臓を容赦なく切り裂いてゆく。  汗を拭い、ニーナに貸した『アストラル戦記』の物語を思い出す。  悪役だったヴェンダールだが、生命再生の魔法の術者を買って出ていた――それは帝の僥倖のために命すら賭けたことを意味していた。  そうだとすれば、運命の綾により生き残り、帝とともに旅することになったヴェンダールこそ、あの物語で一番の果報者だったのではないか。  ヨハンは冷静さを取り戻したところで、ふたたびその本に視線を落とす。 『ここで正直に告白します。わたしはあなたとの時間をひとときでも享受できたのなら、何も言い残さずにあの魔法を発動させるつもりでした。  でも、それができなかったのは――あなたとの間に新しい命が宿ってしまったからです。その瞬間から、わたしの命はもう、わたしひとりのものではなくなってしまったのです』 ――そんなっ!
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