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病院にはアージェじいちゃんの親戚一同が集まっていた。じいちゃんは息も絶え絶えでうつろな目をしている。死期は近いと一目で見て取れた。
「ヨハン、今までどこに行っていたのよ。――あれ、その子は?」
「悪いんだけど、じいちゃんと水いらずの時間をくれないか。ちょっとだけでいいから!」
「こんな時に冗談言わないで。親戚の皆さん、わざわざ遠くからいらしたのに」
「あとでいくらでも謝るから、とにかく出て行って!」
ヨハンは無理やり親族を病室から追い出し、その場にニーナを残した。ニーナは茫然とした顔でじいちゃんを見つめていたが、しばらくその顔を見た後、ぽつりと小声で語りかけた。
「アージェ……?」
ニーナはおぼろげながら記憶を取り戻しているようだった。
じいちゃんは目覚めるかのように、そっとまぶたを開いた。ニーナを視界に捉えると瞳を二倍にして驚く。その瞳には光が宿っていた。
「メメル……なのか?」
「うん、そうだよ。メメルだよ、わかる? アージェ!」
返事をした瞬間、アージェじいちゃんはふっと柔和な笑顔になる。そんな顔をヨハンは一度も見たことがない。アージェじいちゃんは彼女に「アージェ」と呼ばれるその時を、あてもなく待ち続けていたのだろう。
するとヨハンが握っていたペンダントが突然、強烈な光を放ち出す。光が病室の天井にいくつもの光の輪を描く。
そこにはアージェとメメルがともに過ごした日々の姿が映し出された。天井や壁を舞い踊る映像は、まるで思い出を記したアルバムのようだ。まさに秘石が残した、ふたりの物語の足跡だった。ヨハンはその壮大な冒険の光景に絶句した。
我を忘れて見入っていたが、視線を元に戻すとニーナはアージェじいちゃんの隣に座り込み、その手をしっかりと握っていた。
「アージェ、あたし思い出した! アージェがあたしを守ってくれたこと。たくさんの幸せをくれたこと。それにアージェが大好きだったことも!」
「そうか、覚えていてくれたか。嬉しいなぁ……」
アージェじいちゃんは満面の笑みで涙をこぼしている。
「メメル、遅くなったけど、きみに言いたいことがある。――俺はきみに出会えて幸せな人生だった」
「うん、うんっ! とっくに知っていたよっ!」
ふたりはうっとりした表情でかつてのポンヌ島の風景を懐かしむ。大地は花の色で溢れ、空はどこまでも澄んでいた。
ニーナはアージェじいちゃんの顔を優しくなで、頬に唇を寄せる。気づいたヨハンはすぐさま目をそむけた。
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