【エピローグ~ふたりが紡ぐ永遠の物語~】

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 あたたかく広がる空気を感じてヨハンは思う。ふたりはこころがつながるこの一瞬のために、長い旅路を歩み続けてきたのだろうと。  それからまもなく、じいちゃんはみずから目を閉じ、穏やかな寝顔でばあちゃんの元へと旅立っていった。 「アージェ、今までほんとうにありがとう……」  見届けたニーナはそっと手を離し、アージェに向けていた笑顔のままゆっくりと後ずさりする。まるで浮かぶ雲のようにふわふわと病室を出ていった。  母は怒り顔で、親戚たちが怪訝そうな顔でニーナをじろじろと見たが、ヨハンは気に留めることなくニーナの後を追った。  東の空が白く染まり、ポンヌ領の風景を明るく染め出す。ポンヌ島だった時と変わらない、穏やかに広がる小麦畑の風景。光の輪のひとつは、その中を走り回るメメルとアージェの姿を描き出していた。この島のいたるところで作られた思い出の記録が、ペンダントには残されていた。  ニーナはゆっくりと麦の穂の海原に足を踏み入れてゆく。そのさまは儀式のように厳かだ。そんなニーナをヨハンは遠くから見守る。  腰のあたりまで麦の穂に隠れると、ニーナの姿は金色の波間を漂う小舟のように見えた。  しばらく奥に進んだところで足を止め、膝をついて胸まで麦の穂に埋もれた。それからゆっくりと天を仰ぐ。そしてニーナは叫んだ。  ――っわあぁぁああああっあああっっぁあぁぁああっぁぁぁあっぁああぁあぁあぁっぁああぁああぁぁぁぁぁ!!!!  それはヨハンが生涯忘れることのできない、心臓から熱い血脈を絞り出すような叫びだった。  叫びに呼応するように、暁日が稜線の頂から浮かび上がる。その鮮やかな光は今までヨハンが見たことのない鮮烈な金色をしていた。  燃えるように煌めく光線がこの世界(アストラル)一面に広がり、小麦畑を一瞬にして琥珀色に焼き焦がした。小麦の穂が乾いた悲鳴を空に放つ。  一陣の風が小麦畑を襲うと、地上を覆う炎が荒波となってニーナを包み込んだ。  その姿を目の当たりにし、ヨハンはついに理解した。メメルは燃えたぎる「アージェ」への想いに命を焼かれながら生きていたのだと。メメルの情熱は途方もない苦しみで、同時に至高の美でもあったのだと。  ヨハンは思わず独り言ちる。 「ああ、ぼくなんて、ニーナにとっての運命のひとじゃなかったんだなぁ……」  それからしばらくして叫ぶのを終えたニーナは振り向き、ヨハンに涙顔の笑顔を見せてくれた。  思い残すことなど何ひとつない、無邪気な子供のような笑顔を。
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