【第一章 秘石の秘密を握る少女、メメル】

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 アージェが向かったのは中央広場にある地下道への入口。足音を消して進んでいくと守衛がひとりいた。手にした金貨を眺めてにまにまとしている。素知らぬふりで通り過ぎようとするが、守衛は気づくと即座に槍を突き立ててアージェの進路を塞いだ。 「おい、大会期間中は立ち入り禁止だ」  この先には洞穴があるが、洞穴の最終地は島の外壁につながっている。空に向かってぽっかりと口を開けた洞穴は海や大陸が見渡せる絶景ポイント。だが、数年前に観戦の目的で観客が押し寄せ、墜落事故が起きてしまった。以来、大会の時は通行止めにされている。  しかし、守衛が金貨を手にしていたということは――。 「パルメザソの連中に買収されたんですね」  すると守衛は口元を非対称に歪め、金貨を握る手を背後に隠した。 「その金貨と仕事を失いたくなければ俺を通してください」  守衛はためらったが、逡巡の時間はわずかだった。苦々しい表情で答える。 「……言わないと約束するならな」 「構いません。ところで、この先に行かせたのは何人ですか」 「……ひとりだけだ」  答えて槍を収めた守衛の前をアージェは悠々と通り過ぎていく。  神経を研ぎ澄まし、枝分かれする洞穴の中、人の気配のある方向を目指して行く。    すると洞穴の最終地――『空の窓』にたどり着いた。その端で見たことのない若い男が小声で何かを呟いている。魔法の詠唱に違いない。左手を前に突き出すと手の中で光が弾け、幻影の弓が現れた。折りたたんだ右手には幻影の矢が現れる。ギムレットを消費して魔法を発動させたのだ。弓矢を構えて空に狙いを定めた。  男はこの死角を利用してライバルを撃ち落とす狙撃手だ。メメルの翼から感じられた魔法の残滓(ざんし)はこれに違いないと、アージェはすぐに気づいた。  風を切る音が近づいてきた。弓矢から立ち込める異様な気配はさらに色濃くなる。まるで悪意が具現化したような、おぞましい形の弓。
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