【第一章 秘石の秘密を握る少女、メメル】

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 背後からそっと忍び寄り、小声で魔法を詠唱する。  ――『魔禁瘴・終焉の宴(ファイナルヴァンケット)!』  アージェの手のひらに黒煙が立ちのぼり球状に固まる。矢を構えた者に向けてすっと放つと、漆黒の球体はその横をすり抜けてゆく。すれ違う瞬間、発動された弓矢の魔力を絡めとるように奪い去る。 「えっ、あっ……何だッ!?」  不敵な侵入者は魔法の弓矢が消滅するという、予想外の事態に慌てふためく。  あたりを見回し、振り向くとアージェと目が合う。ひっ、と小さく怯えた声を出した。アージェは怒りをあらわにし、手のひらを相手に向けて威嚇する。  侵入者は胸元からギムレットを取り出そうとするが、手が震えて取り損じる。その刹那にアージェの両手には魔法が準備されていた。万物を吸い込んでしまいそうな、どこまでも深い黒を湛えた魔力の塊。  魔法はギムレットを消費させることで発動が可能だが、ギムレットを用いなくても魔法が発動できる特異体質――生粋(ギフテッド)の魔法使い――は稀ながら存在する。アージェもそのひとりだった。  アージェが先天的に発動できる魔法は――『魔禁瘴』。あらゆる魔法を打ち消す、負の作用を持つ魔法である。 「次はお前自身が消されるか、それともギムレットを置いて立ち去るか。どちらか好きな方を選べ!」 「ひっ……ひゃいっ! 後者でお願いします!」  恐怖に顔を歪めた侵入者はギムレットをぼろぼろと地面に落とし、這いつくばりながらアージェの横を通り過ぎて行った。  アージェはギムレットを拾い集めながらつぶやく。 「……馬鹿だよな。この魔法に人間を消す能力なんてないのに」  魔禁瘴はきわめて稀有な魔法ゆえ認知度は低く、アージェ自身も魔導古文書でしか目にしたことがない。少なくとも現在のアストラルの世界において、自分以外でこの魔法を使える者をアージェは知らない。  けっして戦いで役に立つことのない魔法だが、アージェはこの能力を生まれ持ったことに感謝している。この能力のおかげでメメルは明日を生きることができるのだから。 「さて、戻るとするか」  アージェはギムレットをポーチにしまうと立ち上がり、早足で試合会場の応援席へと戻っていった。
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