お仕事とポリコレ

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「それでどう直せばいいんでしょう?」 「『諸葛亮が司馬懿に女の服を贈った。司馬懿は喜んで奥さんに与えた』ってのはどう? 現代的でしょ。奥さん思いなのはウケがいいし」  ルカの問いにビアンギが答えた。 「え、だいぶ変わってません? それじゃ、ただのプレゼントになっちゃいますよね」 「じゃあ、『諸葛亮が司馬懿に女の服を贈った。司馬懿は喜んで司馬懿に女の服を贈り返した』は? 二人とも服もらって嬉しかったって」 「プレゼント交換!? すごくいいライバル関係になってます!」 「いい話じゃない。これでいこうよ」 「全然歴史のロマン感じられないです!」  あまりに文脈を無視した改善案。ルカはむかっとしてしまう。 「文乃、この子ちょっとワガママすぎない? 仕事向いてないんじゃない?」 「えー!?」  言い返してやろうと思っていたが、逆に自分が悪いようにされてしまった。 「まあまあまあ。時にはビアンギみたいな自由な発想が必要ってことね。今回は、うーん……。ルカはどうしたい? 何かいい案はない?」 「えっと。そうですね……」  いろんな人に配慮しないといけない事情は分かった。でも歴史上の人物を取り扱っている以上、できるだけその雰囲気出すことがライターの使命ではないかと思う。仕事として取り扱うのだから敬意を払いたい。 「『諸葛亮が辱めるために司馬懿にケーキを贈った』とかどうでしょう!? 戦争じゃなくてパーティでもやってろ、と言われたみたいで怒るんじゃないでしょうか。でも、ケーキならもらって普通に嬉しいですし!」  それがルカの考え抜いた末のアイデアだった。 「あはは、古代中国にケーキはないよ。でも、それいいんじゃない? ニュアンスは合ってると思う。くくく……」  文乃は笑いを堪えきれず、吹き出しながら言う。  せっかく考えてくれたことだから否定しないようにしているが、心の中では採用できないなと思っている。  これにはルカも真っ赤になってしまう。個人的にはちょっと自信があったのだ。改めて考えてみれば、ビアンギと言っていたことと大して変わらないのかもしれない。元の逸話と変わりすぎている。  司馬懿も服を贈られてこんな気持ちだったのかもしれない。諸葛亮との決戦を避けることが良策だと思っていたが、それを相手に馬鹿にされてしまった。 (なんかつらい……。真っ向から否定されたわけじゃないのに……)  初めて書いた文章で、文乃に指摘を受けたときはむっとしてしまったが、今回はつらい、という気持ちだった。前者は逸話をそのまま書いただけだったので、正しいものを書いて何が悪いんだと憤慨してしまった。けれど後者はちょっと違う。逸話から離れて自分の考えたストーリーだった。 (自分の考えたことに何か言われるって、こんなにつらいんだ……)  恥ずかしさよりも劣等感がどんどん強くなっていくの感じた。
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