プロローグ

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 訳の分からないまま、彼女は言われた通り、C32番ドックに向かった。  Cの番号は個人所有の艦船が停泊するドックである。Aは航宙会社の大型旅客船、Bは企業の大型輸送船のドックになっている。その他、軍や警察など特殊な番号も用意されていた。  C32にはちょっと旧型の小型船が停泊していた。全長30メートルぐらいで、外洋を旅するには一番小さいサイズだ。  運搬ロボが慌ただしく荷物を船に搬入している。  少女は乗組員を探してきょろきょろする。  そして、メガネをかけた若い女性がタブレット端末を持って、荷物をチェックしているのを見つけた。  唾を飲み込んで思い切って声をかける。 「あの、すみません。採用の件でうかがいました!」 「あっ、君かさっきの!」  笑顔で歓迎してくれる雰囲気だったが、少女を見た途端、表情と手がぴたっと停止する。  そして少女を凝視。そのいかにも訳ありそうな姿を見て逡巡しているようだった。やはり髪と服が気になるのだろう。  少女は気まずさを感じ、ハラハラしてしまう。 「こほん……。私は田中文乃。フリークエントリーの社長兼、この船の船長だよ」  女性は気を取り直して姿勢を正し、ビジネスマンでいてフレンドリーに名乗る。  社長というにはあまりにも若い。おそらく20代だろう。物腰は明るく柔らかだが、髪は短く活動的で、仕事ができる若手の女性社長らしさがある。  メガネにこだわりがあるのだろうか。医療技術の発達で視力は簡単に調整できるようになったため、旧世紀よりもメガネをかける人が減った。もしかすると伊達メガネなのかもしれないが、落ち着いた様子や知的な雰囲気が出ていて、よく似合っていた。  これを逃してはいけないと、少女は少しでも印象を良くしようと、明るくハキハキと言う。 「星宮る……星浦ルカと申します! ずっと昔から宇宙がすごく好きで、宇宙でできるお仕事に就きたいなと考えていました。今日、ちょうど地球港の掲示板を見て応募させてもらいました!」 「ふーん、ちょうどねえ……」  しかし文乃は怪訝そうな顔をする。  宇宙につながるモルディブには何かしら問題を抱えている人が多い。地球にいられない事情があって宇宙に飛び立とうと、こうして仕事を探している。  もちろん少女が名前を言い直したのも把握している。 「何歳?」 「16です!」 「へえ、一応大人か」  地球での成人は18歳とされていたが、宇宙に進出したときに成人年齢が引き下げられていた。  理由の一つが異星人と足並みを揃えるためであった。地球人よりも幼いうちから一人前として活動する異星人が多く、地球基準だけで成人年齢を計ってはいけないと見直しがあったのである。  また、人類が広大な宇宙に出たことで、様々な惑星開拓に人材が必要となり、労働力を補うために成人年齢を下げたという事情もあった。 「うちがどういう仕事か知ってる?」 「すみません、あまりよく知りません……。でも、ライターのお仕事ですよね? やったことはないですが、やる気だけはあります! 教えていただければどんなことでも書けると思います!」  働いたことのない自分に実績はない。やる気だけが自分のアドバンテージと、ガンガン主張する。そして若さだ。まだ何もないが、教えてくれればすぐに吸収することができる。 「なるほどねー。まあ零細だし、変わった仕事してるし、知らなくても当たり前だから。それより、すぐ船出ちゃうけど、今から一緒に行ける?」 「今からですか?」  少女はぽかんとしてしまう。  このやりとりがすでに面接になっていて、もう合格が出たということなのだろうか。いや、そんなわけはないだろう。断るために無理なことを言っているのかもしれない。  しかし少女にとってすぐに宇宙に旅立てるというのは、願ったり叶ったりである。 「行けます! 行かせてください! どこまでも行きますから!」  胸を張って自信満々に答える。 「ふーむ」  文乃は腕を組んで考え込む。さすがに人の採用となると即答はいかないのだろう。  だが感触としては悪くなかったので、ルカの期待はどんどん膨らんでいった。
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