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お仕事とポリコレ
出航早々、新入社員であるルカの仕事は始まっていた。
株式会社フリークエントリー。様々な文章を制作するライティング業が主な業務である。企画も行っていて、番組や雑誌、リアルイベントにも携わっている。お呼びとあれば、自ら司会やコンパニオンも務めることがある。つまるところ、何でも屋である。
フリークエントリーは小型宇宙艇ラクーアクアリーを保有していて、船の中を作業場としていた。今のご時世、銀河ネットを使えば、ライティングの成果物はいつでもどこでも納品できる。しかし、イベント系は実際現場にいかなくてはならない。ライター業はどこでもできるから、どこでもやってしまえ、という発想である。
船で仕事と言ったらロマンがあるが、ラクーアクアリーはそんなに大きくも豪華でもない。1ファミリーが宇宙を長期旅行できる用途で建造された小さい船である。船体は小さく、生活スペースはあまり広くなかった。
主な区画は貨物倉庫を除くと、操縦室、ダイニングルーム、作業室、各員の個室である。
ルカは今その作業室にいてライティングをしていた。髪はまだざんばらのままだが、綺麗な服に着替えている。
「ルカ、ちょっと来て」
「はい。何かまずかったですか……?」
ルカは自分の書いた記事を社長である文乃にチェックしてもらっていたが、初めての仕事とあってあまり自信がなく、緊張した面持ちで文乃の横に立った。
「こんなこと書いちゃダメでしょ」
小型のモニターを指して文乃が言う。
「これこれ、『諸葛亮(しょかつりょう)が司馬懿(しばい)を辱めるために女の服を贈った』って何さ?」
「え? 文章がおかしいですか?」
「そうじゃなくて、書いた内容」
「三國志の有名な逸話なんです。紹介したほうがいいかなと思って。ちゃんと調べたんですけど変でした……?」
ルカの初仕事は地球の偉人を紹介する記事。古代中国の名軍師・諸葛亮を紹介するものだった。
いわゆる「三国志」である。中国が魏・呉・蜀の3国に分かれて争っていたころ、蜀の諸葛亮と魏の司馬懿が何度も激しい戦いを繰り広げた。互いに心理を読み合った頭脳戦は非常に人気があり、後世に『三国志演義』という戯曲にまとめられた。
この大銀河時代、文化や歴史のまったく違ういろんな星の人たちが交流するようになって、それぞれの星の偉人を紹介し合うというブームが起きていた。文化交流が目的だったのだが、ただのお国自慢になりがちである。誰しも自分たちのほうが優れていると主張したいのだ。
今回は地球の偉人として、諸葛亮の記事を書いてほしいという依頼だった。ルカは地球出身の地球育ちということもあり、その仕事に抜擢された。実際、地球史の授業で勉強したし、個人的に『三国志演義』も読んだことがある。
「この五丈原の戦いってのは、諸葛亮と司馬懿、ライバル同士の最終決戦なんだよね? そこで諸葛亮がなかなか戦おうとしない司馬懿を挑発したシーンでしょ? それは別にいいよ。そういうことがあったんでしょ。問題は『女の服』のほう」
「それも実際に贈ったみたいです。『三国志演義』という物語の中の話ではあるんですけど」
「そうじゃなくて、女の服を贈ったら失礼でしょ」
「はあ……」
ルカは文乃の言う意味がよく分からなかった。
女の服を男に贈ったら失礼か。それはもちろんそうだ。だから、諸葛亮は壮年の男性である司馬懿に女の服を贈って挑発したのだ。
「だから、戦おうとせず引きこもってるのは女みたいだな、という挑発が成立するんだと思うんですけど……」
「それ! それがダメ!」
「へ?」
「戦おうとしないのが女みたい? どうして? 女だって戦っていいじゃん。女を馬鹿にしてない?」
「そ、そうですけど……。これ、実際にある物語の話ですよ?」
司馬懿はその挑発に乗らなかった。しかし、諸将は馬鹿にされたことを許せず、怒りが収まらなかった。結局、士気低下を恐れた司馬懿は、諸葛亮の思惑通りに出陣することになる。
つまり、挑発された以上は、男として受けざるを得なかったのである。
「でも失礼じゃん。わざわざ女の服って書く必要ある?」
「え……」
ルカは難癖をつけられているようで腹が立ってきた。
「そう本に書いてあったから、そんな記事にしたんです。面白いエピソードですし、殴り合いだけが戦いじゃないっていう感じ出てますよね。この時代の雰囲気が出てて、すごくいいじゃないですか。何かまずいんですか? 普通の服しちゃったら意味通じないですし、歴史を変にねじ曲げてしまうことになりませんか?」
ルカのテンションが上がっていく。自分の主張は何も間違っていない自信があるし、多くの人も賛同してくれると思った。
しかし文乃の反応は違った。
「はあ……」
大きなため息をついた。
その表情は失望。そして、ルカの顔から一気に血の気が引いていく。
(あ……。やっちゃった……)
新人が社長に楯突いてしまった。
ルカは感情的になってしまった自分が嫌になる。そして、このままクビになったらどうしようという恐怖も出てくる。
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