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4(完)
翌朝、師匠に会った夢を見てぐっすり寝たお陰で目覚めがよく、朝食の準備をしていると起きてきたアレックスさんの表情が暗いことに驚いた。
「ど、どうしたんですか、アレックスさん……ま、魔力が少なすぎませんか?」
「ああ、イズル、おはよう」
「おはようございます。それに何だかお疲れですね、……はい、これで大丈夫ですよ」
「……すごいな」
魔力を元に戻すように渡せば、アレックスさん驚いたように僕を見つめてくる。
それにしてもアレックスさんクラスの魔力がほぼ空になるのを回復させるとなると、逆に僕の魔力が無くなってしまうのでポケットからMPポーションを取り出して飲みきった。
「そう言えばイズルは相手の症状を見ただけで理解しているように思えるが、何かコツでもあるのかとトレヴァーが知りたがっていたのを思い出した」
朝食を採りながら尋ねられ、フォークを置いてから「えっと」とそんな質問は初めてなので首を傾げる。
「コツと言うか、魔力が光のような人の形で視認出来るんです。魔力が少なくなってたら色が薄かったり、怪我をしていたらその箇所が欠けてたり……これは僕の素質? らしいのでコツと言うものはその無いんです」
「成る程、それは君が治療師が天職であることの素質なんだろう。俺には魔力は肌感ぐらいしか感じることが出来ない」
「それは達人が出来るやつですよね、レブナンさんくらいしか聞いたこと無いですそれ!」
「レブナンとは誰だ?」
急に低い声で聞かれたので、レブナンさんの説明をすると険しい表情をしてから小声で「まあ、もう会わないか……」と呟くアレックスさんはそれから、「トレヴァーにはコツはないと言っておこう」と笑った。
「症状が見てわかると知れば、トレヴァーが悔しがるだろうからな」
「でもトレヴァー隊長は見なくても的確だと聞きます、すごいですよね」
「国内最高峰の治療師、だっただけはある」
どうして過去形なんだろう、それにしても。
「アレックスさんはどうして魔力が無くなっていたんですか?」
「……それは、もう少し時間を貰えないか。君に秘密は作りたくないのだが、出来るようになってから知って貰いたいんだ」
「出来るように? アレックスさんは何でも出来る方だから、じゃあすぐに知れますね」
「過大評価だな、それは。俺は家事も回復魔法も出来ない男だ。君が居ないと駄目だと今も理解したばかりなんだ」
「僕はアレックスさんが居ないと、暮らす場所も働く場所もないんですよ? 僕の方が貴方に依存しています」
男として完全に負けている、それに家事なんて誰かに頼れば出来ることだし、回復魔法……ぐらいかな、うん。
肩を落とす僕に対して、何故かアレックスさんは嬉しそうに表情を綻ばせた。
「最近、勇者一行が活躍してるからか、遠征もないんだよなあ」
訓練の休憩中、アレックスさんが団長に呼ばれて席を外している時に近くの隊員たちが「普段なら遠征遠征の毎日だからな」と話しているのが聞こえてきて、勇者一行の言葉に思わず身構える僕に気付いたのか気まずそうにされる。
のを振り切って「勇者一行が各地で魔物を退治しているから遠征が無いんですか?」と聞けば、隊員たちはハッとして「そうです」と首肯が返ってきた。
「特に聖女を仲間にしてからでしょうか、遠くの地を旅している勇者一行が通った場所の魔物の出現がめっきり減ったようです」
「聖女って確か魔物を抑える素質があるとか、だからでしょうか。それで近くの地域ぐらいなら他の隊が向かってしまうので訓練ばかりです」
「巡回日のお陰で何とか刺激はありますが、俺たちは元より魔物を倒すのが仕事ですからね」
と言う話を聞いて、僕が居なくなってから話題を聞くのは初めてだった、今までは主観的に聞いてた話題、それを客観的に聞くとやっぱり彼らは世界を救うメンバーで、……そこに僕は相応しくはなかったんだ。聖女を仲間にし回復しか出来ない僕を外した、アデルの判断は正しかった。
「……でも、勇者一行は最近向かう先で住人の治療をしてくれなくなったって一部不満が出てるらしいですけどね」
そこでウィリアムさんが僕に小声で教えてくれ、「あの優しい治療師はどこに行ったんだって噂出てますよ」と笑うので、そんな噂聞いたことがないのでウィリアムさんの優しい嘘だと思って受け止める。
「確かにその居なくなった治療師は行く先々で治療してましたからね。しかも仲間に内緒で勝手に」
「勝手に、だったんですか?」
「そうなんです、だってただ泊まるだけに立ち寄ってもそこには怪我や病に悩む方が居るので、こっそり宿を抜け出して……よく仲間の1人にはバレて飽きられてましたけど」
今思えば随分身勝手なパーティーメンバーだったな、僕って。
今も身勝手にこうしたいって我が儘をアレックスさんに言ってしまって、それを叶えてくれようと動き回ってくれてるのかと思うと、夢の師匠が言ったように欲張りだな。
回復しか出来ないのに、それをやりたいって好き勝手に。
「はあ……僕の手の届く範囲ってどうしてこんなにも狭くて、1人じゃ何も出来ないんだろう」
夢見がちだ、目の前の命を救うにしても、決められた時間しか街を歩くことが許されてない。
街で毎日回復に奔走したっていずれ対象が居なくなってそれで、僕は他の街のまだ見ぬ人たちを救いたいと嘆くんだ。
そしてアレックスさんを困らせる、でも頼れる人は彼しか居ないし、叶えてくれようとするから甘えてしまう。
「……僕には、アレックスさんに頼られることは何もないのに」
何が出来るだろうか、尽くしてくれようとするアレックスさんに回復しか出来ない僕は何を渡せるんだろう。
人生をくれ、と言われたらあげてもいい。でも、好きな人が出来て出ていって欲しいって言われたら、どうしよう、こんなに依存してしまっているのに今更アレックスさんの傍を離れられるんだろうか?
「……?」
何だろう、どうしてアレックスさんに好きな人が居たら嫌かもって思うんだろう?
街で色んな人から熱視線を送られるアレックスさんを思い出して、何かむずむずしてしまう。
「イズル?」
その悩みに頭を捻らせて居ると、戻ってきたアレックスさんが心配そうに顔を覗き込んで来たので、本人に聞いても良いかな、こんな恥ずかしいこと。
でもアレックスさんの顔を見てたらいいやと思って口を開いた。
「僕、アレックスさんに好きな人が居たら嫌かもって思ったんですけど、どうしてかわかりますか?」
「は」
アレックスさんが目を丸くして固まり、休憩していた隊員たちも全員息を潜める。
や、やっぱり変なこと言っちゃったかも、と慌てて「わ、わからないですよね、ごめんなさい」と頭を下げようとして、両肩を掴まれて頭を下げることは叶わなかった。
上げ直した顔の間近でアレックスさんは真剣な表情で僕を見据える。
「俺も、君の口から他の男の名前が出るのが嫌なんだ。きっと同じ気持ちだろうか」
「そ、うなんですか? えっと、僕……街でアレックスさんが他の人に熱視線向けられてるのも何かむずむずして落ち着かなくなります」
「そうなのか、俺もイズルが他の人間に笑いかけて居たり手を繋いでいるのを見ると奪い取って、俺だけに笑いかけて欲しいと思っているのを知っているか?」
「えっ」
「ごほん! そう言うのは、家に帰ってからしてください!」
ウィリアムさんの声にハッとする僕とは別に舌打ちをするアレックスさんは「早退するか」と囁いてくる声が甘くて、ドキドキしてしまう。
「……帰ったらその、アレックスさんにドキドキしちゃうことも聞いてくれますか?」
「……イズル、どうして帰る前にそんな愛らしいことを言ってしまうんだ?」
「だから、帰ってからしてください!」
ウィリアムさんが叫ぶような声で「休憩終了!」と言うので、「訓練頑張ってください」と声を掛ければアレックスさんは僕の頬を一度だけ撫でて「帰宅時間が待ち遠しいな」と嬉しそうに剣を引き抜いて行った。
その日、アレックスさんと訓練の相手をした隊員は「明日休みたいです」と泣き出したのは余談だ。
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