いつでも星が

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いつでも星が

***  部屋に戻ったが、日差しに照らされた埃がきらきらと舞うばかりで、もうマリーナの姿はなかった。  お礼を言いたかったのに。うまく行ったんだって、聞いてほしかったのに。あののほほんと間延びした声がもう聞けないのは、無性に寂しかった。  ふと、机の壁際に立てかけておいたコルクボードに目が留まった。つやっと虹色に光るカラスの羽根が、星型のピンに刺されている。  きっともう、これはいらなくなったんだ。ということは。 「合格できたんだな、マリーナ」  つぶやいた途端、ぴ~んぽ~ん! という声がどこからともなく響き、ぽんっという音とともに羽根もピンも消えてしまった。  あまりに鮮やかな魔法に、きっとマリーナはとてもいい魔女になるだろうと笑みがこぼれた。  マリーナの朗らかな性格はもちろん、声や表情、わくわくどきどきした満月の夜の空中散歩も、はしゃぎながら食べた星のキャンディも、初めて見て泣きそうになった花火も、全部全部大切な思い出だ。  ずっと覚えておこうと思っていたのに、日に日に記憶が薄らいでいく。でも、サロン室であのブランケットがぼんやりと光っているのを見るたび、あれが単なる幼い日の夢だったとは思えない。  やがてジムナーズにはエドマとベルトが入学し、台風の目・ミリアンが転校してきた。過酷な現実と対峙する日々が始まり、あまりの絶望にもう立ち上がれないと何度も真剣に思いながら、それでも皆で手を取り合ってきた。  戦いの日々の中、誰もがときどきサロン室のソファで、あのブランケットにくるまれてうたた寝をしていた。  寝心地なら自分のベッドのほうが絶対にいいが、皆の目のあるところで眠りたいという気持ちは、あの頃の誰もが持っていたことと思う。まるで栄養補給が済んだとばかりに目覚め、大きく伸びをする背中は、うっすらと発光しているように見えた。  うっかり何もかけずに寝てしまっても、あそこにはいつだって肩にブランケットをかけてくれるやつらがいた。  誰かの手によってかけられるブランケットは、明日を生きていくための力をもたらす温かな魔法、そしてささやかにでも希望を照らす星屑の魔法だったのだ。 ***  ふと目覚めると、しゅわっと音を立てて淡い光が弾けたような気がした。体と心の芯に、じんわりとした安らぎが染みている。  空爆の被害を訴えるモニタの中の人たちに祈りを捧げ、ブランケットを肩にかけたままキッチンに行く。  併設のダイニングには、見覚えのある後ろ姿が大きなテーブルに突っ伏していた。規則正しい寝息が聞こえてくる。  近づいてみると、やっぱりサラーフだった。俺は流し場に行き、昼寝のあとに書物の民が皆そうするように、手を洗った。  それからテーブルに戻り、マントみたいに羽織っていたブランケットをサラーフの肩にそっとかけた。  彼の出身は、書物の民の国と対立している地域だ。彼には彼の民族の神があり、正義があり、そして彼独自の人となりがある。俺はサラーフの控えめで、だけど濃やかな気遣いが好きで、もっと仲良くなりたいと思ってきた。  今日は彼が起きるまでここで本を読もう。そのあとは、できればゆっくり話をしたい。  彼の親族や愛する人たちの話を聞き、俺もその人たちを大切に思うと伝えたい。  エドマとのときみたいに、最初は天気の話なんかでちぐはぐになってしまうかもしれなくても、気にしない。サラーフ相手なら、ミリアンとみたいに雪の中で決闘することにもならないだろう。  きっと大丈夫だ。どんなに暗い空にも常に星が輝くように、俺たちには今日があり、明日があり、明後日も、そのあともずっと次の日があるのだから。  テーブルの真ん中にころんと置かれているオレンジのカボチャに、「なあ、そうだろう?」とささやくと、くり抜かれた空洞の瞳の中でしゅわしゅわっと光が弾けた。
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