Aidez-moi(助けて)! 見習い魔女登場

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Aidez-moi(助けて)! 見習い魔女登場

***  アマーリ・カサブランカスの名でジムナーズで暮らしていた10歳の秋、ハロウィン前夜のことだった。  そろそろ寝ようとしていたところに虫の知らせのようなものを感じ、おもむろに窓を開けた。何もない。ただ夜空が広がっているだけだ。  気のせいだったなと胸を撫でおろした瞬間、「Bonsoir (ボンソワール)!」と微笑む女性の顔がにょきりと現れた。  ここは2階だ。なのに、外に人が!? 驚きのあまり飲み込まれた悲鳴の代わりに、「せ」と口をついた。 「背が高すぎる!!」  俺はそう叫ぶなり、バン! と音を立てて窓を閉め、急いでカーテンを引いた。  歯の根も合わないほど震えながら、しばらく考え込む。たとえあれがサタンの使いであったとしても、言ってはならないことがある。  意を決してカーテンを開けると、いる。さっきの女性だ。  頭には黒いとんがり帽子をかぶり、ぼんやりと紫がかった長い髪を夜風になびかせている。相変わらずにこにこしている彼女を凝視しながら窓を開け、再び叫んだ。 「身体的なことを言ってすまない!!」  そして、再び窓を閉めた。謝ったからもう寝よう。  再びカーテンを引こうとする俺に、彼女が慌ててガラス窓を叩いてみせる。どうやら開けてほしいらしい。  このとき初めて気づいたが、彼女は2階まで顔が届いてしまうものすごい長身の人物というわけではなく、どうやら宙に浮いているようだった。しかも、よくよく覗き込めば、黒いドレスを着て箒に乗っているのだ。  これは完全に、巷に聞く魔女というやつだ。理解した瞬間にめまいがしてきた。  (あの方)に対して敬虔であろうと尽くしている俺に、なぜ、こんな禍々(まがまが)しい存在が寄ってくるのだろう。  こうしている間にも、「どうか入れてください~」という頼りない声とともに控えめなノックが響き続ける。すごく迷ったが、「寒いです~」と言われてはもう仕方がなく、迎え入れてやることにした。  箒にまたがったまま、すうっと部屋に入ってきた魔女はすらりとした若い女性だった。音もなく床に降り立ち、うやうやしく一礼をして自己紹介を始める。 「初めまして、アマーリさん! 私、魔女見習いのマリーナと申します。見ての通り、平均身長の女性ですわ。ハロウィンが近づき、人間界の魔の濃度が高まるよい季節になりましたわね!」  俺は怯えながらも、それってよい季節か? と小首を傾げる。 「ほほ、こちら人間に挨拶をするときの鉄板ジョークになります! 結構鋭いツッコミをいただくこともあるんですよ。まあ、今回は不発だったということで、今後の研究材料といたしましょう。人間の感性、難しいですよね~!」  全然おもしろくないしとにかく早く帰ってほしくて、「何をしに来たんだ」と聞いてみる。途端にマリーナは真剣な顔つきになり、「助けてください」と両手を組んだ。 「見習い魔女はこの時期、ひとりの人間に手伝ってもらって魔法の試験に合格しなくてはならないんです。今年のテーマは『魔力を込めた布で人間を幸せにする』こと」 「布? 魔法にしてはなんだか地味な気が……」 「ノ~ン、ノンノン。布には魔力が染み込みやすいのですが、定着させるとなると初心者にはなかなか大変なのです。だけどその分、使い勝手は抜群!  魔力を染み込ませた布はいわゆる魔法グッズですから、術者がその場にいなくても効力を発揮するわけです。と、いうことはですよ。人間も使える魔法の布のできあがり! ちなみにお洋服でもハンカチでも、テーブルクロスでも、布ならばなんでもオッケーなんだな、これが」  俺は、う~ん、と天井を見上げた。いつもピカピカに磨いているメガネを、くいっと上げて考える。  魔女には恐ろしい異端の存在というイメージしかなかったが、マリーナは悪い人には見えない。むしろ、魔法で人間を幸せにする試験を受けるというのだから、いい魔女を目指しているのだろう。 「だったら、協力しないわけにはいかないな。いいだろう、手伝おう」 「Merci(メルシ)! 大変助かります! ではさっそくですが、叶えてほしい願いは?」  願い? ときょとんとする俺に、マリーナはわくわくした顔をずいっと突きつけてくる。 「そう! 私たち見習い魔女は、強い願いを持っている人間のもとにやってくるのです。さあ、遠慮せずに言ってください! 富、名声、なんでもござれ! この魔女界の新星・マリーナが、必ずやご期待に応えてみせましょう!」 「俺に関する願いは……特にない」  今度はマリーナが「え」とつぶやいて目を見張った。 「エヴァやルーと一緒に暮らせて、広い庭で遊べて、いっぱい本も読めて、毎日楽しい。腕相撲が強くなりたいが、魔法でずるしてふたりに勝とうとは思わない。俺はもうちゃんと幸せだ」  マリーナは「なんて欲のない」と瞳を潤ませたのもつかの間、すぐに頭を抱えてしまった。 「でも、だったら私が呼ばれるはずないんですけど……。ん~~では角度を変えまして。困っていることはありませんか?」  困っていること。ルーが来週の歯医者の治療を怖がっていたから、「自業自得だ」と言っておいたが、あのキュイーンという音が嫌なのはよくわかる。  だが、魔法で虫歯が治ってしまったら、きちんと歯を磨く習慣が身につかなくなってしまう。  だから、俺が願うべきは一つしかない。 「ある、あるぞ、マリーナ! お願いだ、どうしても叶えてほしいことがある。エヴァを笑顔にしてやってほしいんだ!」
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