8人が本棚に入れています
本棚に追加
打ち上げ花火とキスの魔法
やがて、金色に燃えるような大きな満月の下で、俺たちは存分に月光浴をした。
マリーナがすー、はー、と深呼吸をし「これ健康にも美容にもいいんですよ!」と言うので、皆で両手を広げてすー、はー、と繰り返した。
「では、ラスト! 華麗にフィナーレ決めちゃいましょうかね!」
マリーナが再びステッキを振ると、体中に響くドーンという音とともに、なんと花火が打ち上がった。色とりどりの光の花は、満月のキャンバスにカボチャのお化けやコウモリを次々に描き出していく。
あまりに豪華な景色に、俺たちはわーっとひと声上げると、口を開けたまま時間が経つのも忘れてしまった。
きらきら降ってくる花びらみたいな光を浴びながら、ふとルーが「僕、花火なんて見たの初めてだよ」とつぶやく。「俺もだ」と言い、ふたりで微笑み合った。
隣で溜め息をついているエヴァを盗み見る。優しくくすんだ緑の瞳は光でいっぱいで、頬はバラ色に輝いている。
どこから見ても楽しそうな姿に、心底ほっとした。
エヴァは寒くなってくると、2階のサロン室の窓からぼんやりと外を眺めることが多くなる。
普段はしっかり者で、ルーみたいに頻繁に泣くことなんてないのに、ときどき泣き腫らしたような赤い目をしていることもある。
一緒に過ごす初めての冬も、翌年の冬もそうだったから、ふたりきりのときにわけを聞いてみたら、エヴァは大粒の涙をこぼしながら「アデルに会いたい」と絞り出すように言った。
このとき、エヴァの母親・アデルが交通事故で亡くなっていることを知った。
「でも覚えてないんだ、事故なんて。もしかして、死んじゃったのは冬だったのかな。寒くなってくると心がざわざわして、悲しくなってきて。アデルに会いたいって思っちゃうんだよ」
俺もこのとき初めて、両親を亡くしていることを話した。エヴァは「Bisou Magique(※)をしてもいい?」と聞き、俺が頷くのを待って、こつんとおでこをぶつけてきた。
それから、ちゅっとキスをした自分の手のひらを俺の胸に当てて「痛いの痛いの飛んで行け」と唱えてくれたのだった。
自分だってまだ泣き止んでいないのに、こうして俺の話に心を痛めて慰めてくれる。エヴァのBisou Magiqueに、いつかお返しをしたいと思っていた。
今年は冷え込むのが早いからか、エヴァにはすでにときどき物思いに沈んでいるような気配があって、心配していた。
でも、今夜のこの楽しい思い出が、エヴァを救ってくれるかもしれない。エヴァにはいつだって笑っていてほしい。
見つめすぎてしまったのか、エヴァがふとこちらを向く。微笑みかけられると、あのとき胸にもらったキスを思い出してぼわっと顔が熱くなるのがわかった。
はたからルーが「あれ?」と覗き込んでくる。
「アマーリ、首まで真っ赤だよ! 一体どうしたのさ」
エヴァまで怪訝な顔になり、「本当だ、熱でもあるの?」と聞いてくる。
言い訳しようとするも、目尻から溶けてしまうほどににこにこにこにこにこにこしているマリーナに気づいてしまい、とうとう頭の中でぼんっと何かが爆発するような音がした。
「う、う、うるさーーーーーーーーーーい!!!!!」
顔を隠すようにして皆に背を向け、一目散にジムナーズを目指す。
後ろから「ええっ」というエヴァとルーの声がし、そのうち「ムッシュ・オンコレール(※)だ! ムッシュ・オンコレールが出た~!」という冷やかしが追いかけてきた。
びゅんびゅん風を切り、夜空を駆け続けるが、ふたりとマリーナの楽しそうな声はどこまでもついてくる。
「待ってよ、ムッシュ・オンコレール!」
「や~い、僕らの怒りんぼさーん!」
エヴァとルーの声を聞いていると、じわじわと笑みが込み上げてくる。俺は額の青筋をひと撫でし、振り返って「追いついてみろ、ふたりとも!」と叫んだ。
※ビズマジーク……マリアンヌ版の「痛いの痛いの飛んで行け」。直訳すると「キスの魔法」になる。
※ムッシュ・オンコレール……エヴァとルーによるアマーリのあだ名。怒ってる君、怒りんぼ氏。
最初のコメントを投稿しよう!