映る影、変わる時

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 空を見上げるとわずかに黒い雲が流れていて、しとしとと小雨が降り始めている。  まるでミスミ洋菓子店が追い詰めにかかってるような気になった。薫子は背を丸めて肩を落とす。 「喫茶店でも入って休憩しよう。確か十二時開店の喫茶店があったわよね」  とにかく今すぐ入れるところを見つけたいが歩くことはできない。  薫子は歩き回った経過で見かけた喫茶店を思い出し、路面電車が通り過ぎるのを見送ると今来た路地を戻った。  路地に入ると煉瓦作りの小ぢんまりとした洋館が見えてきた。さっき通り過ぎた時は準備中だったので通り過ぎたのだ。 「休日の午前に営業しないってどんな店なのかしら。一番やるべき日なのに」  仕事が無い休日はどんな店でも一番の売り上げを立てる日だ。経営者なら休日に閉店などあり得ないが、それだけにどんな店か気にはなる。  薫子は少しだけわくわくして向かうと、扉の上には《黒田彩菓茶房(くろださいかさぼう)》という看板が掲げられている。 「洋菓子店ではないのね。和菓子屋って雰囲気でもないけど」  窓から見える店内の内装は洋風に見えた。だが古めかしい雰囲気もあり、最先端の西洋文化というわけでもなさそうだ。  他の気取った店よりは幾分か入りやすく、薫子は黒田彩菓茶房の扉を開いた。  店内は抑制された洋風の装飾と日本の伝統が融合した空間が広がっていた。  柱には美しい彫刻と装飾が施されている。華やかで洗練された雰囲気の内装だ。穏やかなクラシックが流れていてとてもお洒落な空間だった。 「結構早くから西洋文化を取り入れてたのかしら。不思議な店だわ」  一体どんなお菓子があるのか客をちらりと見ると、薫子の体は衝撃で震えた。  手前に座っているぱりっとしたシャツを着ている男性が食べているのは丸い小さな生クリームのケーキだ。だがこれはただのケーキではなかった。 「素敵! 宝石で細工したようだわ!」
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