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外装はおとぎ話のような美しさで、秩父の古いな建物から一線を画している。
入口には真っ白な石膏のアーチが立ち、花や葉の繊細なモチーフが施されていた。
だが最も目を引くのはアーチに掲げられている看板だ。
看板には洋風文字で《ミスミ洋菓子店》と書かれている。店内には華やかな装飾がされた硝子張りショーケースがあり、中には洗練された西洋風のケーキが並ぶ。
店の前には麗しいお菓子に興奮した人々が列を作っている。
ミスミ洋菓子店に見合う自分になろうと思ったのか、山間部の日常には不釣り合いな優雅な洋装を纏っていた。
女性は薫子の着物とは正反対な艶やかなワンピースで、男性は洒落た帽子やスーツ姿だ。所狭しと並ぶ西洋菓子を指差し、笑顔で入店の順番を待っている。
ミスミ洋菓子店ができた当初は薫子も色めき立ったが、その思いはすぐに消えた。
「赤字はあれが開店してからなのよね。何か考えないと駄目だわ。入荷は日持ちする商品だけに制限して、ああ、でもそれじゃあ売上は下がるし……」
ちらほらと買いに来てくれる子供はまだいるけれど、その理由は馴染みがあって安いからだ。ミスミ洋菓子店と比較した結果選び抜かれたわけではない。
もしミスミ洋菓子店が安い洋菓子を売り出せば、数か月もしないうちに子供客も奪われるのは目に見えている。
帳簿を付けるたびに気持ちは落ち込んだが、薫子以上に重い足音で床板をきしませながら父親がやって来た。
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