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 あの道に行ってみようと思い立ったのは、仕事中パソコンに向かっている時だった。それは突然芽生えた衝動だった。自分にはこういうことが時々ある。『あの観光地に行ったみたい』とか『あれが食べたい』とか、それほど強い欲求ではないけれど、そう思ってしまったら我慢できないみたいなところが。  その衝動が訪れたことが私は嬉しかった。それはかなり久しぶりのことだからだ。  最近の私は、脳の老化なのか心の疲れなのか、自分に元気がないことを薄々感じている。  若い頃は感動した映画や小説の世界に二・三か月は余裕で引きずられていたが、今は、昨日見た映画が例え面白かったとしても、次の日には映画を見たことすら忘れている始末だ。  それに、子供も手を離れ、口下手な旦那と二人暮らしという面白みのない日常。でも運よく私は外で仕事をしているから少しは健康的かもしれないが、それでも、たまに仕事でミスをすると必要以上に落ち込みやすくなっている自分がいる。そうなるとそれに付随するように、過去の嫌な思い出がフラッシュバックしたり、自分のしてきた行動に自己嫌悪に陥ったりと、ネガティブ思考のオンパレードに目が眩む。これは多分更年期のせいなのか? と何か理由を見つけてはサプリに頼ろうとする日々。  そんな自分に久しぶりに訪れた衝動を、私は逃したくない。   私は引き出しから手帳を取り出すと、今月の仕事のスケジュールを確認した。一日有給をとっても周りにも自分にも影響を与えることのない日を選ぶと、私は久しぶりに胸が高鳴るようなワクワクする感情を覚えた。  運転大丈夫かな。  ちょっとだけ不安になったが、ワクワクする気持ちの方が勝っていて、久しぶりに覚えたこの感情の強さに、私は心の中で小躍りした。
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