鬼の愛人

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 俺ばっかりが好きだ。  そんなこと分かってるけど胸が痛い。  せめて体だけでもって思うけど、向こうは俺なんか欠片も興味ない。  だからってこんなバカなことをするなんて、本当に自分は性根が腐っている。  でももう二度と、こんなことしないから。  俺の父親は所謂ヤクザで、しかも組長とかいうやつらしい。  らしい、というのは、俺は父親とは関りが薄いからだ。  父親に会うことはめったになくて、代わりに俺の世話を焼くのは組員たちだった。  長く俺の教育係をすることになった逆原 (さかはら)と出会ったのは、俺が中学に上がる頃だった。  小学校の頃は親の職業なんて気にもしてなかったが、中学に入って、じわりじわりと周りの噂が俺を苦しめていた時だった。  クラスメイトにも教師にも遠巻きに見られ、世間のゴミだと聞こえるぎりぎりで囁かれる。  報復が怖いのか直接的な嫌がらせはなかったけど、もともと引っ込み思案だったこともあって、まだ多感な時期の俺は全てが怖くなった。  外を歩けば、誰かに後ろ指を指されている気がする。  侮蔑の色が浮かんでるのではないかと思って、人の目が見られなくなった。  非行に走ることもできないで、部屋に閉じこもっていた俺を外に連れ出したのは、逆原だった。 『あなたは何もしていないでしょう。堂々としていればいい。』  一番最初は、ヤクザのくせに、俺を苦しめる元凶のくせにとしか思わなかった。  だけど俺より10歳近く年上の男は、俺の八つ当たりにも、ワガママにも一つ一つ耳を傾けて。  スーツが似合う分厚い長身に、男らしいストイックで精悍な顔立ち。  雄臭いのに、粗暴さはなくていつも冷静で理知的。  憧れが恋心に変わるのに、時間はかからなかった。  手がかかるばかりのガキだった俺を、ずっと守ってくれていた。  そして、これからもずっと守ってくれると思っていたのに。  傍にいてくれるんだったら、こんな無茶しようなんて思わなかったのに。  でも、いてくれないなら。  だったらせめて、最後の思い出だけでも。  力を込めて引っ張ったら、ビリビリ、と俺の安い素材のインナーはあっさりと破れた。  シャツのボタンは、さっきどこか遠くに吹き飛んだ。  まだ外は明るい時間だけど、広い屋敷の2階の奥にある俺の部屋に気軽に入って来るやつは早々いない。  部屋の中には、量販店で買った机と椅子と本棚、それから、そこそこ広いベッド。  あんまり生活臭のするものは買わないようにしているから、大学生のわりには物が少ない。  そんな色気もクソもないところで、俺はでかい男と二人でにらみ合っていた。 「坊ちゃん……なにを、しているんですか?」 「セックスしようとしてるんだよ」 「馬鹿な真似はやめなさい」  仕立ての良いスーツを身に纏ったでかい男……逆原が俺の引き裂かれたシャツを見ながら、低い、でも少し戸惑った声で諭してくる。  さながら立てこもる犯人に呼びかける刑事だ。ヤクザのくせに。 「逆原、そのままベッドに寝ころべ」 「……なにを、言ってるんですか」  彼はまったく理解できないという風に眉を寄せる。  厳しい視線が飛んでくるが、俺はそれを鼻で嗤った。 「逆らうなよ。……この状況、組員が見たらどう思うかな。俺がレイプされかけたって騒いだら、信じるだろ」  逆原は見上げるほど大きな身長で、ゴツイ男が多い組のなかでも抜きんでて体格がいい。  それに引き換え俺は身長こそ平均よりやや大きいけど、筋肉の欠片もない薄い体だ。  目の前の大男は、ようやく合点がいったのか、驚きに目を見開く。 「俺を嵌めようってんですか?」 「はは、うん確かにそう思ってるけど、俺がハメられる方ね」  突っ立ったままの男から視線を外さず、俺はベルトをカチャカチャと外して引き抜くと、ズボンを床に落とす。  すとんと落ちたそれを足で蹴り飛ばす。 「早くベッドに上がれよ。叫ばれたくないだろ?」  に、と唇の端を釣り上げてやると、逆原は数秒躊躇った後に、そろそろとベッドに近寄った。  いつも堂々としている逆原からは信じられないような、迷いがありありと分かる仕草だ。  いや、迷いじゃなくて嫌悪か。 「処女奪おうってんじゃないんだから、早くしろよ」  ベッドサイドでまだ逡巡している逆原に、わざとため息を混ぜた声をかける。 「……なんで、こんなことを」  ぎしぎしと音が鳴りそうなほどぎこちない動きで、逆原の体がベッドに乗り上げる。  いい加減我慢ができなくなった俺は、同じようにベッドに乗ると、逆原のネクタイを掴んで引き寄せた。 「失恋したんだ。慰めろ」  そう言って、俺は逆原の肩を強く押した。  鍛え上げられた男の体はなかなか動かなかったけど、それでも体重を乗せてなんとかベッドに沈める。  ネクタイを緩め、上着を脱がし、逆原のシャツのボタンを外していく。  初めて触る厚い胸板に、緊張で指先が震えそうになるのを必死で抑えた。 「女に振られたからって自棄を起こしてるんですか?」  少し掠れた声が耳に入って、俺は小さく笑った。 「は、女じゃないよ」  シャツのボタンを外し終わって、胸板を撫でまわしていた手を止める。  こんなことしても、きっとこの男は気持ちよくなんてないだろう。  だったらさっさと済ませたほうがいい。  そう思って男のベルトに手をかけると、大きな掌が伸びてきて俺の腕を掴んだ。 「……まさか、男?」  上体を起こした逆原に、ぐ、と強い力で握りこまれて思わず顔をしかめる。  そのことに逆原も気が付いたみたいで、すぐに力は弱められた。  俺にこんなことされてんのに、俺の痛みとか気にしている場合じゃないだろ。  そんな俺に甘いところが、今回は命取りだなとどこかぼんやりと思いながら、腕を振り払う。 「悪いなぁ、お前みたいなやつに教育係についてもらったのに。男のチンポが好きなんだよ、俺」  露悪的に言うと、再びベルトを外しにかかる。  なんとかベルトを引き抜き前立てに手をかけると、呆然としていた逆原が急に俺の下から抜け出そうともがき始める。 「おい、叫ばれたいのかよ。大人しくしとけ。なんなら目も瞑ってろ」  俺が男もいけるって聞いて、本格的に身の危険でも感じたんだろう。これがタチの悪い冗談なんかじゃない、と。  でも逃がしてなんてやらない。  そう思って睨み上げると、鋭い視線に睨み返された。 「お相手を聞いてもいいですか?」  相手と言われてなんのことか一瞬分からなかった。  だが、二、三度瞬きをして、『失恋』と言った自分の言葉を思い出す。  ……まぁ、まさか失恋相手が逆原本人だとは、思わないだろう。 「おまえには関係ない」  聞き出して、そいつと無理やりくっ付けでもしようと思ってるのか。  そうしたら、自分が俺と寝ることなんてないもんな。  いい加減諦めて、一回だけさせてくれればいいのに。  そうすれば、それだけをオカズにずっと我慢してやる。  別に付きまとったりしないのに。  好きな相手に嫌われていくことに、ずきずきと痛む胸を無視して、逆原のチャックを下ろす。  下着をずらしてまだ萎えたそれを引っ張りだすと、性急に口にくわえた。 「ん、でかいな、……ッ、」  萎えたままでも大きいそれは、俺の拙い舌技でも重量を増して膨れ上がっていく。  ぷは、と息をついて口から出して、今度は舌で舐め上げる。  ちゅうと先端に吸い付くと少しだけ蜜が漏れだしているのを感じた。  そのことが嬉しくて、再び大きく口を開けて屹立を喉まで迎え入れる。  もがくのをやめて黙ったまま逆原は、きっと目でもつぶって、男に咥えられていることに耐えてるんだろう。  そう思って男の方に視線を向けたら……剣呑な暗い瞳と目が合った。 「……相手は、誰だ」  じっとりとこちらを見つめる瞳に、ぞくり、と背筋が粟立つ。  まずい。  逆原が俺に敬語を使わない時は、相当キレている時だ。  前にこいつが「こう」なったのは、いつだったか……確か、俺がどこぞのチンピラに絡まれて怪我した時だったか。その時の相手の男は、どれだけボコられたんだっけ。  ぴしりと凍り付いたような空気に、間抜けにも、屹立に口をつけたまま固まる。  適当な男の名前を挙げるべきか。  それとも口をつぐんだままでいるべきか。  どっちを選べば、この男とヤれるんだろう。 「俺が満足するまでやったら、言ってやるよ」  張り倒されるのも覚悟しつつ男の屹立を擦りながら唇を釣り上げる。  頭の悪すぎる交渉に、冷や汗がだらだらと背中を流れる。  ひきつった笑顔だと自分でも思ったが、俺には今日しかチャンスはないんだ。  逆原は、あと少しで俺の教育係をはずれる。  こんなバカな真似をする俺に、こいつはもう二度と近づかないだろう。  組にいる以上接点はあるだろうけど、汚いものでも見るような目になるだろうな。 「分かった」  絞り出されるような声に、我慢してくれることにしたのか、と詰めていた息をつく。  だが口淫を続けようとした俺の体は、強い力でひっくり返された。 「坊ちゃんが満足するまで、だな」  なにが起こったか一瞬分からなかったが、俺の腹の上に乗り上げる逆原と天井を見て、ベッドに引き倒されたんだと理解する。  逞しい男には造作ないことだろう。  好き勝手に体を蹂躙されるより、自分で挿れたほうがまだマシ、ということなんだろうか。  俺の口淫を受けながらじっとしていたのは、よほど我慢していたらしい。  逆原はふうと息を吐くと、ベッドに沈む俺の体を見下ろしてくる。  俺は上半身は半裸だし、ズボンだってもう自分で脱いでいるから下着一枚だ。  自分でやったことだし、ずっとこの格好でいたのに、逆原の視線を感じてなぜか羞恥を感じる。  大きな掌が伸びてきて、そっと頬を撫でられる。  腹の上の逆原の体からは圧倒的な威圧感を感じるのに、優し気な手つきにぞわりと体が震えた。  顔が近づいてくるのを見て、まさかと両手で逆原の顔を押し返す。  好きでもない男にキスしようとするなんて。 「そんなこと、しなくていい」  だが組み敷かれている俺に抵抗されたことがムカついたのか、逆原は隠しもせずに舌打ちをする。  そのまま獰猛な目で俺を睨みつけながら、節の目立つ男性的な指が俺の耳を撫で、首筋に下り、胸元まで探られる。  その掌は俺の両手を抑えると、今度は指が触れたところを辿るように唇が落ちてきた。  ちゅ、ちゅ、と音を立てて吸い上げられ、熱い舌が肌に触れる。  ねっとりと首筋を舐めた後、胸元に触れた唇が胸の尖りをちろりと啄んだ時、思わず声を上げた。 「……ッぁ!」  熱く濡れた感触が乳首に絡みつき、舌先で弾かれ、やわやわと押しつぶされる。  反対側の乳首も指先で摘ままれ、腰に痺れるような快感が走った。 「……おいっ、や、めろ、」  逆原は見かけによらず、丁寧なセックスをするタイプなんだろうか。  強面でも好きな女には甘い奴もいるし、こいつもセックスする時は相手を優先する男なのだろうか。  もっと乱暴に突っ込んで、自己中に自分の快感だけ追えばいいのに。  今は無理やり俺を抱かされていて、逆原がやりたくて抱いているわけじゃない。  男の手や口の熱が嬉しくないわけはないが、罪悪感に耐えられそうにない。  前戯なんていいから早く挿れてくれ。  身体を起こすこともできずに視線で訴えるが、逆原には通じていないのか暗い目で見下ろされるばかりだ。 「触られるのは嫌なのか?」 「ひっ、ぁ……!」  逆原の掌が下肢に伸びてきて、下着を潜り抜けて性器をきゅ、と握りこまれる。  とっくに勃起していたそこを擦られてこらえきれない声が零れた。 「それとも代わりの男には触られたくはない、ということか?」  くりくりと先端を指で撫で廻され、じわりと蜜があふれ出る。  逆原は相変わらず苛立ったような冷たい目線で見てくるのに、指先はどこまでも繊細で優しい。  そのことさえ悲しくて、逆原の手を掴むと会陰の奥に誘導する。 「逆原、もう、準備してあるから……挿れろよ」  足を開いて場所を示す。  ちらりと見た逆原の性器はまだ勃起していて、そのことに安心した。  だが逆原は、性器ではなく長い指を差し込んできた。 「んっ、……っ」 「柔らかいな」  長くて太い指がゆっくりと差し込まれ、引き出される。  それだけで内側のいいところを掠めて、腰の奥がきゅうと疼いた。 「…………今まで、何人ここに咥え込んだ?」  俺が反応するところをもう見つけたらしい男は、ぐ、と内側を抑えるようにしながら尋問する。  だが残念ながら、逆原の問いには答えられない。  男に処女があるのかは知らないけど、もしあるとしたらそれを破ったのは卑猥な玩具で、その時のオカズは妄想の中の逆原だ。  乱暴に犯されることも、優しく溶かされることも、何度も夢想した。  だがそんなことを言って目の前の男を引かせたくはない。  逆原を襲う時のために、自分で慣らしたなんて言えるわけがない。  口をつぐんだ俺に、逆原は苛立たし気に指を抜き差しする。  同時に性器も大きな手に包まれて、強い刺激に体が震えた。 「……、ゃ、あ!」 「クソ、今まで俺が、なんのために……!」  3本入った指を抜き去ると、足を大きく開かれて、ぴとりと熱い先端が後孔に押し当てられる。  ぐぐ、と押し開くように入ってきたそれに、全身が硬直した。 「う……っぁあ、あ、ぃ、や!」  一番太い部分が入口を通過して、ゆっくりと深いところまで拓かれる。  根元まで時間をかけて入ったそれを、逆原が奥をこねるように揺する。  初めて感じる他人の体温に、掠れるような悲鳴が漏れた。  入っている。  逆原のものが入っているんだ。  多幸感に酔いしれるように体内の感覚を味わっていた俺は、逆原の言葉に冷たい水を掛けられたように凍り付いた。 「言う気になったか」  相変わらずの、凍えるような、それでいて圧倒的な怒りを感じさせる瞳。  歯を食いしばっているのか、苦くゆがんだ口元。  これで終わらせられるなら、そうしたいのだろう。  俺は自嘲をこめて、は、と吐き出すように嗤った。 「まだ挿れただけだろ……俺がこれで満足したとでも、思ってんの?」  俺の挑発にのった逆原は、俺の腰を指が食い込むくらい強くつかみ、揺さぶりだした。  ぱち、と目を開いた時、俺は自分がどうなっているのか分からなかった。辺りはすっかり暗くなっていて、でも寝転がっているのは自分の部屋の自分のベッドだ。  体を起こそうとして力が入らず……ようやく自分がしたことを思い出す。体は綺麗に整えられているが、あの後に何度か絶頂させられて、気を失っていたみたいだ。逆原の姿はもうなくて、すべてが終わったんだと感じた。  これで俺の初恋は終わりだ。  自分で幕を引いた初恋だが、それでも終わりはあっさりしている。  ……逆原は、もう数ヶ月もしないうちに俺の教育係からはずれて、若頭になる。  できる男だとは知っていたが、組の規模と年齢から考えたら大出世だ。  そうしたら俺とは、そうそう関わる機会もなくなるだろう。  体も動かないし、もう今日は寝てしまおうと上掛けを引き上げるのと同時に、静かなノックが部屋に響いた。  誰だと誰何する間もなく、ドアは一人でに開き、大柄な男が入ってくる。ぽかんと口を開けて見ていると、俺が起きていることに気が付いたらしい。逆原は手にした水差しとコップを机に置いてベッドに腰掛けてきた。 「もう一回しますか」  さらりと俺の前髪を撫でて逆原が口にした言葉に、俺はぎょっとして目を見開く。 「なに、言ってんの……?」  嫌々していたはずの男が、何を言っているんだ。  しかも俺は執拗なまでに責められイかされて、前も後ろもひりひり痛いくらいだ。  そう気持ちを込めて言った言葉に、逆原は眉を寄せた。 「では相手の男は誰ですか。いい加減、言ってください」  そのためかとようやく合点がいって、同時になんでそこまで相手に固執するんだと疑問も頭をもたげる。  今後も俺のセックスに付き合わされると思っているのか。滅多に会う機会もないのに、呼び出されるとでも? 「お前に言ってどうするんだ。そいつは俺のことなんて欠片も好きじゃないから、くっ付けようとしても無駄だよ。……安心しろよ、お前とはこれっきりだ」  ため息を押し殺すように呟くと、俺の髪を撫でていた逆原の手が、するりと俺の首筋を伝う。そしてその冷たい瞳が、剣呑に眇められた。 「くっ付ける?馬鹿を言わないでください……そいつは殺します」 「…………は?」  男の口から零された言葉に、俺は目を見開いた。  逆原の顔からは冗談を言っているようには見えないし、元から冗談を言う様な男じゃない。 「殺すだけじゃ足りねぇが……ああ、大丈夫です。惚れた男の最期は、ちゃんと坊ちゃんにも見せてあげますよ。しっかり諦められるように」  首筋に絡められた掌が、じわりと俺のことを締め付ける。呼吸ができないほどじゃない筈なのに、息苦しさにひゅうと息が鳴った。 「では、相手の男のために、これからも頑張って耐えてくださいね。満足できるまで、毎日だってしてやりますから」  ゆっくりと逆原の顔が近づいて来て。  しなくていいと拒んだはずの唇に、柔らかく触れるだけのキスが落とされた。
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