仮面を脱ぎ捨てる時

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「仮面を脱ぎ捨てる時が来たんだ」 かすかに口元があげているような気がした。 夜斗は朝登の顔を掴んだ。ーー仮面を引き剥がすように。 「本当のお前は、ドロドロの感情を持つ、弱くて醜い男だ」 朝登の顔が苦痛に歪んだ。 「だが、それでいい」 夜斗の言葉に目を大きく見開く。夜斗は朝登の生き様を咎めることも、否定することもしなかった。 「その方が人間らしい。人間っていうのはな、弱くて醜いんだ。自分を守るために嘘をついたり、自分を偽ったりする。 メンツを気にして、メンツを保つためには手段を選ばない。笑顔でいることで、友達ができる。人に好かれる。一人にならないために、お前は“笑顔”という仮面をつけたんだ」 朝登は抵抗するのをやめ、ただ夜斗の言葉に耳を傾けた。いつの間にか強張っていた顔が柔らかくなっていた。 月の光が二人を照らす。正反対な二人を照らすその光はあまりにも神々しかった。 光の世界で生きる朝登。 影の世界で生きる夜斗。 この二人が対峙した時、光が勝るのか、影が勝るのか。 その答えは月だけが知っていた。 「お前は腹黒くて、笑顔の向こうには人を見下している。そりゃそうだ。お前は優秀だもんな」 夜斗は楽しそうな声をあげた。 「お前は…俺をどうしたいんだ?」 朝登の問いかけに夜斗はきょとんとした。その質問の意味がわからないみたいだ。 「どうする、とは?」 「弱みを握ったつもりなんだろ?何が欲しいんだ?金か?権力か?それともーー」 意味がわかったのか、夜斗は「あぁ!」と頷いた。そして、 「何も求めていない」 と答えたのだった。 朝登は毒抜けたような顔をした。 「オレはただ、お前の仮面を引き剥がしたかっただけだ」 そう言って、朝登の顔から手を離した。ようやく視野が明け、夜斗の顔を見上げた。 無表情なはずなのに、笑っているように見えた。 「腹黒いお前の方が人間味あって面白い。人間は面白いのが一番いい」 朝登の笑顔の仮面にヒビが入った。一度入ったら亀裂は戻ることなく、そのまま壊れ続ける。 そして、パキッという音とともに、仮面がこぼれ落ちた。 朝登の素顔が露わになった瞬間だった。その瞬間を夜斗は恍惚とした顔で眺めていた。 「仮面を脱ぎ捨てた、じゃなくて、壊れたな」 朝登の顔を覗き込むようにして、夜斗は妖艶に微笑んだ。 「どうだ?仮面を捨てた感想は?」 「いい気持ちじゃないな」 「でも」と朝登は作り物の笑顔ではなく、偽りのない笑顔で言った。 「スッキリはしたかな」 「そりゃ、よかった」 夜斗は背中を向けた。ーーーもう、朝登に興味を向けることはなかった。 彼が興味あったのは、朝登の素顔だった。その素顔が露わになった今、もう夜斗は朝登自体に興味はない。 夜斗は人がつけている仮面そのものを壊すことに生きがいを感じていた。その人の素顔を暴きたくてたまらなかったのだ。 その歪んだ思考は誰にも理解されないだろう。 彼がなぜそれをするようになったかは知らない。 …知っていたとしても過去を語るのはやめよう。 背中を向け、去っていく夜斗に朝登は大きなため息を吐いた後、大きく笑った。 「ありがとよ!!九条夜斗!」 夜斗は足を止めたが、振り返りはしなかった。手を上げて、ひらひらと手を振るだけだった。再び、歩き始め、曲がり角の先に消えた。
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