高橋花衣

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高橋花衣

(花衣のサンライズ語は、フローザ同様貴族のお嬢様然としているのですが、ややこしいので、花衣のニュアンスに合わせて和訳してます)  交換日記とは別に、サンライズ語で日記を書くことにした。文法や発音はほとんど英語に近いけど、文字だけは英語とかなり違っているから、英語できる人でも多分読めないと思う。超優雅な筆記体で、文字もかなり崩れてるから、サンライズの貴族社会にいないと、読めないんじゃないかな。  魔法が存在する、ファンタジーな異世界の国"サンライズ王国"に暮らす伯爵令嬢"フローザ.クロゥズ"と、もう12年程度週一で入れ替わっている。私の中の1番古い記憶は、ソファで寝ているお父さんにタックルを決めた記憶だ。それ以外の、入れ替わりが始まる前の記憶がない。ものごころついた時にはすでに入れ替わっていた、というわけではないけど、それに極めて近いと言える。  初めて入れ替わった時のことはほとんど覚えてない。何せ、幼児の時の記憶だ。お母さん曰く、金曜日に保育園に連れて行けないから、お母さんの実家に預けざるを得なかったらしい。おまけに入れ替わりが始まってからしばらくは、土曜の朝は泣きながら熟睡するお母さんを叩き起こしていたって。ごめん。  フローザのお屋敷、城? はかなり豪華だ。シンデレラの絵本に載ってる王子様のお城の挿絵を見て、「フローザちゃんちのほうがきれい」と言って、祖父母を若干困らせたことがあるらしい。よく覚えてないけど。  フローザの両親や周りのメイドたちは、決まって金曜に泣き叫ぶは、泣き止んだと思ったら意味のわからない言葉で話し始めるはで、かなり私のことを気味悪がっていたようだった。これは随分後から知ったことだけど、幼少期に私がいた部屋は、伯爵家の人たちが住む本邸から遠ざかった、いわゆる離れだったらしい。当時お母さんと住んでた狭いアパートの一室よりよっぽど綺麗で広かったから、知らなかったけど。食事も、貴族が食べるようなものではなかったらしいけど、普通に出てたし。  様子のおかしい妹を見て、私がフローザじゃないと気づいたのが、フローザの兄の1人であるユーロ君だ。私はひとりっ子だけど、フローザには2人の兄がいる。7つ上のザックさんと、4つ上のユーロ君だ。ユーロ君は初めてできた妹のことをめちゃめちゃ可愛がっていて、フローザにベッタリくっついていたらしい。フローザも、そんな優しい兄のユーロ君に懐いていて、仲良し兄妹だったそうだ。そんな可愛い妹が、この世の終わりかってくらい泣き叫ぶ上に、自分のこともわかっていない様子を見て、ユーロ君はひどく動揺したけど、それ以上に何かおかしいと思ったそうだ。  土曜日に、怖い夢を見たと泣きじゃくるフローザからいろいろ話を聞いて、金曜日のフローザには、別人の魂が入っているのではと考えついたらしい。そこから使用人たちや両親に話をつけて、なんとかフローザはそれまで通りの、自室で過ごしてメイドにお世話される生活に戻れたらしい。ユーロ君当時7歳のはずなのに。天才かもしれない。  私のお母さんや祖父母は英語が話せるから、フローザは割とすんなり日本語を覚えたらしいけど、こっちはそれよりはるかに大変だった。私のことを花衣と認識していたのはユーロ君1人だったし、日本語に近しい言語もサンライズでは知られていないから。  ユーロ君は、離れにいる私のもとにこっそり来て、絵本を使って日常単語や文字を教えてくれた。馬の絵を指さして私が日本語で「うま」と発音するのを聞いて、ユーロ君は、私が別の言語を話す人間なのだと確信したらしい。日本でお母さんに英語の単語を教えてもらうようになってからは、私はサンライズ語の単語を言って、ユーロ君とちょっとした意思疎通ができるようになった。  4才くらいになってようやく、私はユーロ君に、自分の名前が言えたのだ。「花衣」と。ユーロ君から、私がどこから来たのか、何歳なのか、どうしてフローザの体にいるのか、私がフローザの体にいる時、フローザはどこにいるのかとかを聞かれて、少しずつではあったけど、なんとか伝えることができた。ユーロ君は、興味深そうに私の話を聞いてくれた。「花衣は僕の2人目の妹だよ」と言ってくれた。本当に嬉しくて、頼もしくて、思わず泣いちゃったのをぼんやりとだけど覚えてる。  私はユーロ君に、フローザの母親はどこにいるのか聞いた。お母さんはフローザにあれこれ世話を焼いているのに、私は入れ替わっている間、ユーロ君としか会話をしたことがなかったから、疑問に思ったのだ。そこではじめて、私は周りの人に避けられているのだと知った。私のせいでフローザまでひとりぼっちなんじゃないかって不安になった。ユーロ君が、フローザは普通に家族や侍女たちと過ごしてるって聞いても、正直信じられなかった。保育園で発語が遅めだった女の子が、輪の中に入れず1人で遊んでいたのを見ていたから。    その頃には、フローザがひらがなカタカナは読めるようになっていたのをお母さんから聞いて知っていたので、私は日本語でフローザに短い手紙を書いて、パジャマのポケットに入れて寝た。1週間後、フローザから同じように返事をもらった。そこからユーロ君に協力してもらって、私はフローザのマネをするようになった。  「悪魔が夢に出てきて、舌打ちをしてどこかへ飛んで行った」ユーロ君から教えてもらったサンライズ語の文章を丸暗記して食事を運びにきたメイドさんに言うと、私は離れではなく、フローザの部屋で同じように生活できるようになった。部屋はめちゃくちゃ広くて豪華になったし、私についているメイドも、それまでは1日2回食事を持ってくる人が1人いただけだったのが一気に3人になった。着る服もめちゃくちゃ上等な可愛らしいワンピースになり、風呂もメイドに体を洗ってもらう、まさにお姫様みたいな生活になった。………そう言えば、離れにいた頃風呂ってどうしてたんだろう?  "悪魔が舌打ちをして飛んでいく"というのは、悪魔憑きを解く呪文が効いた時に見る夢の内容なのだという。本当なのかな? 私はユーロ君から他にも、貴族の令嬢がメイド達に使う言葉使いのテンプレを教えてもらったので、案外生活できた。    私がフローザじゃないということは、今のところユーロ君しか知らない。今じゃ私もサンライズ語をマスターして、ほぼ完璧にフローザとしてふるまえるようになったし、そもそも昔の悪魔憑き騒ぎを知らない使用人も多い。  でも、離れにいた頃、私に食事を持ってきてくれたメイドのパーヤさんは、ユーロ君がこっそり私に会いに来て言葉を教えているのを見て見ぬフリしてたから、もしかしたら勘づいてるかもしれない。花衣としてユーロ君と会話してたところは聞かれてないはずだけど。  ただ、いかんせん離れから出るのに1年以上かかったから、私のことをいぶかしんでいる人は多かった。なんならフローザの実母は、今でも私と目を合わせすらしない。フローザのことも最近までほとんど無視していたらしい。これに関しては本当に申し訳ないと思っている。私に何かできるでもないけど。  週に一度別人と入れ替わる、起こっている現象は一緒なのに、私たちを取り巻く環境は大きく違っている。
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