動物性素材と錬金術

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動物性素材と錬金術

25769d11-28d7-4073-886e-3b8741295990 万能薬(アルハイルミッテル)のレシピなどといったものは出回っていない。 薬師が秘匿してるのかと思いきや、秘匿してるのは錬金術師。 万能解毒薬(テリアカ)やら万能薬(アルハイルミッテル)やらの薬の調薬ともなると、薬師の仕事ではなく錬金術師の仕事になってしまう。 この世界の薬師は基本的に植物を使って薬を作る。 猫の毛やら 羊の分やら 象の牙やら そういったものを使う怪しげな薬を作るのが錬金術師。 この国の薬師が多様する植物として (ディステル) (グリュツィーニエ) 葡萄(トラオベ) 紫丁香花(フリーダー) 竜胆(エンツィアン) がある。 月長石(モーントシュタイン)に限っては石を削った粉を薬に混ぜる事もある。 ともかく調薬に使われる素材を仕入れてみて、鑑定し、重複鑑定で情報を広げて読み取っていく事にする。 薬剤商ギルドと 薬材商ギルドは共に密接な関係を保っているが 薬剤商ギルドが材料の仕入れで薬材商ギルドに頼りきりなのに対して、薬材商ギルド側は錬金術ギルドとも関わりが深い。 「やっぱり重複鑑定で情報を引き出す素材は薬材商で買うべきだろうな…」 と思わず口に出していた。 「それじゃ早速、商品を見繕いに小売店に行ってみる?」 と声をかけられて、振り向くとヒルデブレヒトがニコニコ顔で立っていた。 「あれ?そう言えばウチの主人達は?急に姿が見えなくなってるけど…」 「…あの人達は積もる話もあるみたいだし、忙しいんじゃないのかな?」 「そう?」 「ともかく調薬と作り溜めによって有事の際のペティーの負担が減るなら、出来るだけ協力するよ。 資金もペティーの裁量で動かせるお金だけじゃ足りないようなら、相談して欲しい。俺自身は金は持ってないけど、ペティーに投資する必要性を周りに納得させる手伝いだけはちゃんとできるつもりだからさ」 「うん。ありがとう」 「それで?どんな材料が必要なの?鑑定で判る?」 「その事なんだけど。何かしらの素材を入手して、それを鑑定してみて、鑑定結果に対して更に鑑定を掛けるっている重複鑑定を行う事で『得られる情報が百科事典並みに広がっていく』感じで情報検索ツールとして鑑定が使えるから。 錬金術師が作る薬の素材を一先ず入手して、そこから『万能薬(アルハイルミッテル)』の材料に関する情報を得る事になると思う」 「なるほど…。先ずは関連物が何かしら必要という訳だね?」 「そう」 「それなら早目に入手した方が早目に次の段階へ進めるだろうから、やっぱり今から早速薬材を小売してくれる商店へ行こう」 「お店、何処にあるか知ってるの?」 「各種ギルドの看板や加盟店のマークはちゃんと記憶してる。俺は前世の記憶を思い出したのが子供の時だったから、何気に子供らしくなく『この世界を生き抜くに当たって知っておくべき知識』を積極的に漁って生きてきてたし、当然、商店街をウロつけば、どの看板やどのマークがどんな意味なのかちゃんと判る」 「そうだったんだね…。私は奴隷商ギルドの看板と両替商ギルドの看板しか分からないし、実はまだまだ世間知らずだったんだね…」 「でも『鑑定』スキルがあるのはスゴイよ。ホント、原作のペトロネラよりもかなりチートだと思う」 「魔法適性値が最初から高かったし、鑑定も収納も使えたし『転生者特典かな』って思ってたけど、皆が皆転生者特典みたいなのがあった訳じゃないんだね?」 「小説のペトロネラは収納と治癒魔法は使えた。それが公爵家の血筋とローゼンシュティール伯爵家の血筋を表す特徴だったから。 設定上の必須要項だったんじゃないかな? でもそれ以外は今のペティー自身の力だよね。鑑定も付与もカタカナ英語で治癒魔法以外の魔法までバンバン使えると所とか」 「小説のヒルデブレヒトはどんなだったの?」 「…完全なるモブだったから大して描写も無かったけど、ホント無能で顔だけ良い男だったと思う」 「だから死んだのかな?…」 「どうかな…。人間の生死を分ける分岐点みたいなのは『それに気付く』事で生じる選択肢だと思うよ。 社会空間の複雑さをちゃんと看破して『たとえ卑怯者になろうとも、たとえ汚辱に塗れようとも俺は生き残る』と思うような生存欲求が高くないと、自分自身の生死の分け目にすら気付かないと思う。 …俺はさ、前世では福祉施設のスタッフの一人で、低所得でウダツの上がらない暮らしをしてたけど。 若い頃はグレてた事もあって、その時期に悟ったことも多かったんだ。 『生き延びさせたいから憎んでいるフリをする』ような心情とかも世の中には存在するんだってこと」 「…『生き延びさせたいから憎んでいるフリをする』の?なんで?」 「悪い事をし続けるグループって言うのは互いが互いを裏切れないように牽制しながら繋がってる。 だから『抜けたい』ってヤツが出ると、皆で私刑にする事になるんだ。 自分が抜けたい時もそうだったし、そういうのは何かすごく倒錯してるし、究極的に『人間の本音』に向き合わされる気がする。 誰かをよってたかって袋叩きにする時は『ムカついて仕方ない』フリして殴る蹴るするんだけどさ。 それでもちゃんと急所を外して、痛そうに見せながら、可能な限り痛みも後遺症も与えないように気を付けてやるんだ。 …自分がそれやってると、自分がそれやられた時にもそれが判る。 ふと気付くと、『自分が悪だと気付いていない悪は加減もできない』だから『自分が悪だと気付いている者が、加減できないバカどもが致命的な事をせずに済むように、被害者を殺さずに済むように調整してる』ような感じになってたりする。 そういう空気とかってさ、分からないヤツには分からないんだろうね。 俺が前世でキッチリ理解した事は『人間は人間を愛するし、猿は猿を愛するし、猿は猿しか愛せない』という道理だ。 愛着・情緒の種族間の溝は、どんなに上手に人間のフリをしてる猿が居たとしても、猿には越えられないっていう事だな」 「…貴方は要するに、自分が悪だと気付いていなくて加減も出来ずに他人に致命傷を負わせる類の人達を『上手に人間のフリをしてる猿』だと思ってるんだね?」 「そうだ」 「それだと猿が主導権を握ってて起こる現象の中では被害者は生き残れないんだよね?」 「そうだ。だからこそだよな。人間は猿人間に混じって、一見猿人間に従わされてるように見せかけながらも、絶対に主導権を猿人間には渡しちゃいけないんだよ。 人間なら、同じ人間に対して『殺したくない、殺されたくない』と『同族間紛争への忌避感』を持つものだが、猿は違う。平気で殺そうとしてくる。物理的にも精神的にも。 だがそれでいて人間の姿をした猿は、姿は人間なんだ。中身が猿なだけで。 そのせいで人間は『猿人間を殺さず、猿人間に殺させず、人間も猿人間も誰も殺されないように事態を取りまとめる』という方針で対策を目指すしかない分、猿人間どもよりもずっと高度に物事を悟る必要がある。 それこそ猿人間側は何の迷いもなくコチラを殺しにかかるのに、コッチはそんな相手を殺さず自分も殺されない道を探そうと言うんだからな。 実力が拮抗する場合にはどんなに被害を出したくなくても被害が大きくなる可能性が高い。 圧倒的な実力差で猿人間どもを淘汰できる実力がなければ『猿人間どもと徹底交戦で雌雄を決する』事すら出来ないんだ。 だからこそ傍目には常に猿人間どもが優勢に見えるし、『生き延びさせたいから人間に致命傷を与えない攻撃を与え、猿人間どもの溜飲を下げさせる』ような攻撃の真意に、攻撃を受けた側は気付かないだろうし、人間側は絶望するしかないのかも知れない。 でも、そういう倒錯した致命傷回避の攻撃は『自分がやった事がある』者なら、分かってしまうんだ。 猿人間の所業の中に『人間の作為』の影響が組み込まれていたら、それが判ってしまう。 だからこそ『生き残るための活路』を拓くチャンスが選択肢を見い出す事が出来ると思うんだ」 「そうなんだ…。…でも私は、そういうのは好きじゃないかも。貴方の言い分だと『猿人間達と群れて、猿人間達と悪さをしてた方が、その犠牲にされた被害者よりも物を分かってて生き残りやすい』って言ってるみたいに聞こえる」 「うん。多分、君は『いつも傷付けられる側』に居たんだろうなって気がしてた。だからずっと気になってた」 「…ごめんなさい。…私みたいなヤツが生きてて…。ウザいよね?…キショいし消えてなくなれとか、…そう思ってイラついてたんですよね?」 「…あ、いや、そういう事じゃなくて…。そうじゃなくて…。ペティーは治癒魔法が使えて性格も大人しくて癒し系なのに、ペティー自身は全然癒されてないように見えてたから『癒されて欲しいな』って思って気掛かりだったんだ」 「…私は、そんなに『癒されてない』ように見える?」 「うん。どうしてそう感じてしまうのか、俺自身も分かってないんだけど。なんか闇堕ちしてないしネガティブでもないのに、なんか色々傷付いてるように見える」 「…私としては一応悩みはあるけど、今でも『傷付いてる』つもりはない筈なんだよね…。 この世界に転生して、ディーのような善良な奴隷商人に買われて、奴隷のくせにそこまで苦労せずに暮らしてて、今はディーの妻やってるんだけど。 私はどうやら『誰かを愛する』事が出来ない人間なのかな?って気はしてて、それで少し悩んではいるの。 まだお腹出てきてないけど一応妊婦だし、なのに…このまま子供を産んでも愛せるのか分からない…。そんなんで良いのかな?って思ってる」 私はそう本音を漏らしながらーー (ホントにね…。私、大丈夫なのかな…) と未来に対して不安を感じた…。
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