裏切り正当化による行動異常

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裏切り正当化による行動異常

153e732d-7a43-469a-bed9-848a09a3fca9 「旦那様がお呼びです。支度をするように言われてます」 そう告げられ使用人の女に腕を掴まれて鏡台前の椅子の方へ突き飛ばされた。 (怒っても無駄だ…) という事は分かりきっていたので、よろめきながらも転倒せぬようバランスを取ってから、大人しく椅子へと腰掛けた。 ブラシで髪を梳かすのでさえ、絡れた部分に無理矢理ブラシを通されるので根本が引き攣れて大量に毛が抜ける…。 痛みで思わず顔が引き攣るのだが、使用人の女はそれを鏡越しに見てニヤリと嗤っている…。 使用人による無礼な仕打ちや乱暴な仕打ち。 そんなものはとっくの昔に慢性化している…。 父や母に言ってみても 「ワガママで使用人達を困らせている」 と解釈されていて、どんなに苦痛を訴えて改善を要求しても受け入れてなどもらえない。 それはもう分かった。 嫌というほどに。 この世界での私の両親はそれこそ 「『悪い貴族』を平民と共に嫌悪する事で平民に媚びる」 ような人達。 それでいて他所の家の人間を『悪い貴族』に見立ててイジメ・嫌がらせして排除する度胸もない内弁慶。 なので必然的に 複数いる娘のうち一番気が合わなくてどうでも良い娘に 『悪い貴族』の濡れ衣を着せる。 そうやって私が使用人達から嫌がらせされて苦情を言えば 「使用人達『従いたい』と思われるように徳を積みなさい」 と無茶振りのモラハラを振りかける。 人間、大事にされてるものを大事にして、粗末にされてるものを粗末にする生き物だ。 (アンタらに蔑ろにされてるから私は使用人達からも蔑ろにされてるんだけど) と物事の関連について述べてやりたいが、私の話になど絶対耳を貸さないのが両親である中年夫婦。 二人はどうでも良い我が子よりも使用人達の機嫌を伺う方が大事な人達。 そういう生き方を選んでしまっている人達…。 準男爵家という領地も与えられない一代限りの爵位を父が賜ったのは私が生まれるよりも前の事。 なので私は姉達とは違い生まれながらに準男爵令嬢。 つまりは生まれながらの貴族令嬢。 ある意味で生まれながらに呪われている。 我がローゼンハイム家を含むローゼンシュティール伯爵家の分家の家々は 17年ほど前に 皆で示し合わせて一斉に本家であるローゼンシュティール伯爵家を裏切った。 その見返りとして準男爵位を賜っている…。 それこそ本家を犠牲にして 「『良い貴族』と平民の皆様とで『悪い貴族』を敵視し粛正しましょう」 「『悪い貴族』を犠牲にして成り立つ仲良しこよしごっこをしましょう」 という偽善と欺瞞の外道に堕ちたのが我が家を含む分家の家々…。 本家のローゼンシュティール伯爵家の改易に伴いーー 裏切った分家の家々は世襲できない準男爵位を一代限りで賜り 「にわか貴族」として貴族社会の末席にぶら下がる事になったが その経緯は誰が聞いても人聞きの良いものではない。 伝統ある誇り高い貴族家ほど 露骨に「にわか貴族」を嫌悪する。 陥れに遭ったローゼンシュティール伯爵家の人達もさぞや恨んでいる事だろう。 その怨念が染み付いているかのように… 成り上がるチャンスを得た分家の家々や関係者の家々の中では 「『悪い貴族』を平民と共に嫌悪する事で平民に媚びる」 ような生き方が繰り返されているのだろう。 人間、一度限りの裏切りのつもりが 一度裏切れば何度でも裏切る。 何度でも偽善と欺瞞を振りかざして 「事実を封じよう」 と悪足掻きし続けるのが人間という生き物なのかも知れない。 (…こんな家、早く出たい) と若干15歳で自立を考えるくらいには両親にウンザリしている。 だけど両親も「にわか貴族」の親戚達も 「露骨に悪人だ」 という事はない。 単にローゼンシュティール伯爵家の敵対派閥の人達に請われるまま 「ローゼンシュティール伯爵家を不利にする証言」 を口にして 「貴族なら誰でもやってそうなありふれた悪行を巨悪に見せかける」 陥れに加担しただけ。 【誣告という悪】 それに堕ちて その悪から目を逸らし続けるから 「分からない人達は分かる者を疎外する」 という行動を取り続ける事になる。 裏切り正当化による行動異常。 それは日本社会でもアチコチに溢れていたのだと思う…。 ****************** 「国立学園への入寮準備は進んでいるか?」 と父であるトラウゴット・ローゼンハイムに尋ねられ 「持ち物が極端に少ないので荷造りなどは出掛ける30分前とかに行うのでないと、日々の暮らしに支障をきたします」 と事実を答えてやると 「…お前の性根は相変わらずだな」 と睨みつけられた。 単に事実を言うだけで 「不満を大袈裟に盛って苦情をつけている」 と決めつけられる。 それはもう平常運転。 (この人は私に充分な持ち物を買い与えているつもりでいるのだろうか?) と疑問に思う。 「ともかく明後日には入寮が可能になるので明後日には早速出て行ってもらう。 お前も知っていると思うが、下級貴族や富裕平民の大半が15歳から3年間国立学園に通い、卒業までに婚約者候補を決めて婚約をする。謂わば学園自体が自由恋愛と婚活のための社交場だ。 それを上手く活用して卒業後の身の振り方を自分で見出して欲しい。 くれぐれも我々には迷惑をかけないように。 卒業後は自立して暮らしてもらうので、この屋敷には戻って来れないと思っていて欲しい。 以上だ。私の話を理解出来たのなら行って良い」 父がそう宣うた事で (そういう言い方では曖昧な点も多いし、書面に詳細まで詳しくまとめておいて欲しいものだけど…) と思った。 なので思った通りに 「お父様の話し方では明後日入寮して以降は自立・自活を目指して、この家には帰って来るな、と仰っているように聞こえますが…。 それだと『家名は名乗って良いのか』とか細かな点が不明瞭です。 もっと事細かに詳細を書面にまとめておいていただかないと実際の生活の中で何をどの程度遵守すれば良いのか判りません。 ダンス授業用のドレスの費用や長期休暇中の滞在場所やら、そういった面でどこまで『自立』を目指すべきなのか、事細かに家令に書面にまとめるよう指示しておいてください」 と告げた。 「…可愛げのないヤツだ…」 と父が疎ましさと嫌悪感を露骨に表情に出して 「もう行って良い」 と退室を促した。 事実を言うだけ 合理的指摘をするだけ たったそれだけで嫌悪される。 明後日にはそんな不条理な家庭環境から逃げ出せる…。
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