間話:ゲラルト・ブライテンバッハの独白

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間話:ゲラルト・ブライテンバッハの独白

353bc37e-c2a3-41ec-8e9a-0206c1840e53 ディートリヒ叔父上の家でヒルデブレヒトを待ち構え、ペトロネラとの会話を盗み聞きして後、ヒルデブレヒトをブライトナー公爵邸へ連行して行くと… 丁度、従兄弟のラインハルトが来ていた。 この従兄弟は騎士団入りして以降、本来なら忙しい筈なのに… どんな裏技を使ってかラインハルトは度々街中に出没したり 「非番だ」 と言い張って遊び回っている。 騎士資格取得後に課せられる筈の二年間の砦勤務ですら免除…。 当人に事情を尋ねると 「特殊任務従事者の特権に決まってるだろう?」 と言われる。 まぁ、そう言われれば納得するしかないのか…。 何せラインハルトは従魔術が得意。 一人で複数の使い魔を操るのは難しくて、せいぜいが2匹止まりなのに ラインハルトは「3匹操れる!」のが自慢の男。 大して強くないくせに…。 「使い魔を複数使役して情報を探らせると役に立つ男だ」 という事もあり、真面目に訓練してる脳筋騎士の皆様を嘲笑うかの如く、己れを鍛えようともせずに遊び歩きつつ趣味と実益を兼ねて情報を漁っている。 そんな奴がよりにもよって、このタイミングで公爵邸で待ち構えて居れば (…コイツ絶対使い魔に覗かせてたな…) と思うしかないのだ。 「公爵様に急遽お伝えしなければならない事がある」 と執事に告げて待たされる間に ラインハルトがのこのこ応接室にやってきた。 「スマンな。ゲラルト。お前がしようとしてる報告は実は俺の方で報告済みなんだ」 と言われて、当然ムカついた。 (コイツってホント昔からこういうヤツだよな…) と思いながらラインハルトの話を聞くと 公爵様ーーオスヴァルト様ーーは 「ヒルデブレヒト・ローゼンクランツを買いたいのなら必ず監視を付けさせろ」 と言っていたとかでーー 家令のバルテルも執事のフリッチェもその意を汲んで、ラインハルトに 「使い魔を貼り付けての監視」 を命じていた。 お陰でラインハルトはブライトナー公爵の家令とも執事とも懇意であり、度々公爵邸にお邪魔して監視結果の報告を上げていた、という事らしい。 (…そうか、俺に使い魔を貼り付けてた訳じゃないんだな) と少しは気が楽になったものの疑問には思う。 「ラインハルト兄さんはヒルデブレヒトが転生者だと知ってたんですか?」 と気になる点を問うと 「知ってはいなかったが疑ってはいた。転生者は聞いた事もない言語を急に喋り出したり紙に書き出したりするという特徴がある。 ヒルデブレヒトはそれに該当してたから『もしかしたら』という感じだったな。 今回みたいに自分から話し出すとは思って無かったから正体を掴むのは長期戦になると思ってたんだが、案外呆気なく白状したんだな?」 とラインハルトはヒルデブレヒトに向き直った。 「えっ?俺、別に前世の記憶があるって隠してはいませんでしたよ。単に誰も信じないだろうし、気が狂ってると思われたら嫌だなと思って敢えて誰にも話さなかっただけで」 ヒルデブレヒトは悪びれもせずに肩をすくめた。 (この男も相当いい性格してそうだなぁ…) と思わず俺は遠い目になった…。 ラインハルトも俺も「生粋のブライテンバッハ気質」とでも言うべき性格ではあるが… ヒルデブレヒトのような人間も負けず劣らずクセがある性格なのだろう。 「…既にコイツが転生者だと伝わってるのなら、もしかして俺は無駄足を踏んだという事なのかな?」 俺が訊くと 「いいや。そうでもない。オスヴァルト様から既に命令を受けてる。『ヒルデブレヒトに(ゲボート)を刷り込むように』との事なので、今魔法契約のエキスパートが呼ばれてるから到着待ちだ」 「…ええっ…。それって、ブライトクロイツ侯爵家のゲープハルト卿?なんじゃ…」 「そう嫌そうな顔をするな。気持ちは分かるが、同性愛者の顔を見る度に顔を顰めてたら、お前、騎士団入りした場合には万年仏頂面で過ごす事になるぞ?」 「うわぁ〜…」 「…ケツを掘ったり掘られたりは別に珍しくないだろう。要は慣れだ」 「ラインハルト兄さん…。アンタ、そっちの趣味に馴染んじゃったんだね…。ってか、俺のケツは狙うなよ?マジで殺すからな?」 「いや、俺はどっちかって言うと、掘るより掘られる方が気持ち良いと思う方なんだが…」 「死ねよ」 「…偏見キツイなぁ〜。童貞くんはコレだから…」 「性病で脳がヤラレてんじゃねぇのアンタ。コワイからやめて、ケツ掘られて変な優越感に浸るそういう特殊な世界観」 俺が鳥肌を立ててラインハルトを牽制してると 「あのぉ〜」 とヒルデブレヒトが遠慮がちに話しかけてきた。 「(ゲボート)を刷り込むって、どういう事ですか?俺、何か変なことされるんでしょうか?…あの、痛くしないで欲しいです…」 何故か両手で尻を押さえるように小声で 「痛いのダメ…」 とか呟く姿にイラッとする…。 当然、異性愛者(どノーマル)なエッカルトとベルノルトも虫ケラを見る目でラインハルトとヒルデブレヒトを見遣った…。 「ここで言う(ゲボート)は要は究極(エントリヒ)契約(フェアトラーク)の事だ。つまり仲間を、ブライトナー公爵派を裏切らないというルールを自分自身の命を尊重するのと同様に尊重させる刷り込み。 俺達は15歳を過ぎた時点で男であれ女であれ、それを刷り込まれる。 ブライトナー公爵派に限らず、大抵の派閥でそういった裏切り抑制の刷り込みが為されている。 例外としてレーゼル公爵派はそれを『人権蹂躙だ』と廃した訳だが。 その結果、裏切られての報復だろ?お前はどう思った? 『裏切られた事にキレて奴隷落ちさせるくらいなら、初めから裏切り抑制の刷り込みを徹底しておけよ』と言いたくなるだろ? 裏切る自由を与えておいて、いざ裏切られたらブチ切れて、奴隷落ちさせて、一思いに死ぬより辛い拷問を受けるような所に落としておいて、そんでもって、それを伝え聞いてせせら笑うレーゼル公爵家って色々オカシイだろ?」 俺がそう言ってやると、ヒルデブレヒトはブンブンと音がしそうな勢いで頷いて 「そうなんですよ!アイツらマジでオカシイんです!」 と賛同した。 そうこうするうちに腐れホモのブライトクロイツ侯爵家次男がやってきたので… ヒルデブレヒトは大人しく契約魔法に掛けられて 「裏切り抑制の(ゲボート)」 を刷り込まれた。 心臓の上にうっすらと三日月と点三つからなる模様が浮き上がる。 「うん。ちゃんと有効化したみたいだ。ご苦労様です」 と言ってラインハルトが腐れホモを追い出そうとしたがーー ところがドッコイ、ヤツは何故か俺に色目を使って来るので… なんかもう色々気持ち悪い。 俺は異性愛者だ。 男の身体には一切興味はない。 というか萎える。 腰をクネクネしながら上目遣いとかするの、ホントやめてくれ…。 ラインハルトが俺の嫌がる様子を堪能し やっと満足したという事なのか… 「…この後、ヒルデブレヒトを何処の令嬢に縁付かせるべきか協議する事になってますが、ゲープハルト卿も誰か良い令嬢に心当たりはありませんか?」 と急に女の話へと話題を変えたことで 「ああ〜。僕、そういうの興味ないんだよね…」 と言って掘られ願望の強い変態は興醒めしたみたいに引き上げて行ってくれた。 ホッとしたもののーー ラインハルトの言った事は気に掛かった。 「転生者をウチの派閥に取り込むにしても、もう今の段階からヒルデブレヒトの婚約者とか決めなきゃならない訳?」 と俺が疑問に思った事はヒルデブレヒト自身も思ったらしく、ヒルデブレヒトはラインハルトをジッと見詰めていた。 「まさか。今は婚約者云々よりも『何処の家の養子にするか』が話し合われる段階だろうな」 「そうなんだ?」 「あと、俺がオスヴァルト様に依頼されてるのは『従魔術を教えてやれないか?』という点だな」 「従魔術を?誰に?」 (まさか…) 「勿論、ヒルデブレヒトに」 「なんで?」 「コイツも俺と同じく情報分析部所属にして使いたいから?なんじゃねぇの?やっぱり」 「…適性がないと従魔術は無理だって昔から言われてるよね?なんか影響力が逆転して術師の方が急に鳥の味覚になって虫とか食べるようになっちゃったりとか精神異常の原因にもなるって…」 「そういう異常を引き起こさないように教えるのがプロというものだ」 「アンタ、いつの間にプロになったの?」 「オスヴァルト様がそう見做した時から?」 「…って言ってるみたいだけど、お前はどう思う?適性が無いと精神異常の危険があるけど従魔術を教えて貰いたいと思う?」 俺が振り返るとヒルデブレヒトは呑気に鼻をほじっていた…。 (図太すぎる…) 「…う〜ん。俺、心情的には『従魔術とか面白そう』と少し興味はあるんですけど。なんかこう、目的とかヤル気とかがどうにも起きない気がします。 使い魔を使って情報を集めるって、どうせ臭そうなオッサンとかのプライベートを覗き続けろとか言うんでしょ?」 ヒルデブレヒトが鋭いことを言う…。 (頭悪そうに見えて、そこそこ賢いのかも知れないな、アードラー語も独学で学習したらしいし…) 「使い魔を使って情報を集める役目は従魔術を完全に習得するまでは割り振られない。習得に掛かる期間は約2年と言われるが、その間は『自分が覗きたい相手だけを覗く』という事が許されるという特権がある」 ラインハルトが悪徳商人のような悪い顔になってヒソヒソと小声で 「意中の女性の裸も覗き放題。他人のセックスも覗き放題。ムカつくヤツの弱味を掴む覗きも自分の都合次第。別に悪い事ばかりじゃないだろう?」 と唆すと 「「「師匠!」」」 とヒルデブレヒト以外の所からも声が上がっていた…。 エッカルトとベルノルトもーー 何故かヒルデブレヒト同様に、ラインハルトの足元に土下座して 「何卒ご教示くださいませ…」 「宜しくお願いします…」 「ついて行きます、何処までも…」 と呻いている…。 うん。分かる気はする。 仕事とか任務とかを抜きに 「個人的興味・関心を満たすための覗き」 は楽しい訳だし…。 ペトロネラとディートリヒ叔父上の初夜もバッチリ覗いた。 ブライテンバッハ家の男達は 「覗きが趣味のムッツリ助平揃い」。 婚姻で姻戚になる嫁の身体的特徴を知っておくため つつがなく初夜が行われたと確認するため そういう名目で 「(ゲボート)が刷り込まれてない外部から嫁入りした女性の初夜」 はバッチリ覗かれる事になっている。 父上も兄上も、ラインハルトも当然覗いてた事だろう。 (変態どもめ…) そもそもペトロネラが転生者だと分かったのも覗きの結果だし 「気になる異性の身辺に使い魔を貼り付けて逐一情報を得る」 のは… もう、このブライテンバッハ家の血を引くムッツリな男達の習性であり業ですらあると思う。 ラインハルトは勝ち誇ったように俺の方を見遣り 「覗きは男の美学だ!」 と鼻の穴を膨らませて宣うてくれた…。 その後ーー ハムスター型の使い魔を使って見聞きさせ フクロウ型の使い魔でハムスターを回収させ 記憶共有・感覚共有で情報を得る。 という手法をラインハルトが自慢げに披露してくれた…。 ラインハルトの教えに従順なバカ3人組は 当然のようにペトロネラの身辺にハムスター型使い魔を送り出す事に決めて 「着替えをちゃんと覗くんだぞ?」 「服の中に入り込んでも良いんだぞ?」 「可愛い子ぶってキスとかしてもらえよ」 と命令していた…。 ラインハルトに至っては 「夜の夫婦生活を重点的に覗いて来るように」 と、命令もエゲツない…。 (こんなストーカー共に覗かれるペトロネラが心配だ…) と思った俺が ハムスター型魔獣を新たに使い魔契約し 「彼女を守れ。クズ共の使い魔からも、他の凡ゆる危機からも」 と命じて送り出したのは善意ゆえだ。 断じてやましい気持ちからではない。 (…と思う)
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