『独りで泣かなくて良い』

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『独りで泣かなくて良い』

6cbdcaee-8fa0-400e-98f9-9eb1257168e8 「…ペトロネラが両親に愛されてなかったのは知ってるけど、もしかして前世でもそうだった?」 ヒルデブレヒトに問われて前世の身内を思い浮かべたものの… 悲しみと虚無しか湧かない…。 「…どうかな?…親とか兄弟とか、関わりが薄い人達だったけど『虐待された』ような感じではなくて。 『見捨てられた』『切り捨てられた』という感じが強いかな…」 「困ってる時に助けてくれなかった?」 「そうだねぇ…。助けてくれなかったね。誰も。…でも、それって身内に限らずだよね…。 あの世界の誰一人として『死にたいぐらい辛い』と思ってた時に、誰も庇おうとも護ろうともしてくれなかった…。 …私はさ、バカだったから…。付き合ってた男からエロ動画撮られてネットでアップされてたの」 「………」 「私は(にぶ)過ぎたんだと思う。…その男自体、6年も付き合ってたのに一度も結婚しようとかいう話も出さないヤツだった。 私もいい加減気付くべきだったのに、鈍過ぎて、自分が嫌悪感とか嗜虐心を向けられてた事にさえ気づいてなかった。 ある時期から男と連絡が取れなくなって共通の知人に相談したら『結婚して、以前の人間関係も清算してる』って話だった…。 それで『捨てられたのか』って分かって、…そのまま虚ろに時間が過ぎて、そのうち傷も癒えて、そのうちまた他人を信じられるようになるだろうって、そう思おうとした…」 「………」 「…でも、そうさせてはもらえなかった。…しばらくしてから職場の人が『見たよ』とか言って、セクハラしてきた事があって、ビックリして泣き出したら…『可哀想』って思ってもらえたのか知らないけど。 『エロ動画がアップされてて某掲示板サイトのコメントで個人情報が晒されてる』って教えられたの。 …言われた所を検索して見てみたら、アイツ以外に知りようもないような事とかが書かれてて…。 …私は一方的に捨てられただけじゃなくて、その後もこうして嫌悪感と嗜虐心まみれでずっとバカにされてて、卑しめられて罵られて、全てが悪意的に歪曲されて勝手な人物像捏造されて、人間としての品位も尊厳も奪取されてたんだって分かった」 「………」 「本当に…全てが歪曲されてた。言っても無駄だと思うけど、ああいうサイトで勝手に撮られたエロ動画晒されてる一般女性って大半が『ただ普通に生きてて、普通に恋人の求めに従って、疑いもせずに性的行為を受け入れてた』だけだと思う。 なのに『好きもの』扱いされて、『結婚して男の収入にぶら下がりたくて、そこまで媚びるか?引くわwww』とか『キショい』とか勝手な事言われて誰も助けてくれないの。 開き直って生きていこうにも、急に『見たよ』とか言われて『セフレ募集中』とか勘違いされてレイプされそうになったりするし。 警察に強姦未遂を通報すれば、今度は『自分でネットでセフレ募集かけてて、釣れた相手が好みじゃなかったと大騒ぎしてる迷惑女』扱いされるし。 皆がネット上で捏造される被害者の悪評を鵜呑みにしてて、公平な判断をしてくれる人間なんて…あの社会には、あの世界には一人もいなかった」 「…………」 「…組織的に集団で標的を疎外させ虐げさせるような陥れを嬉々として、確信犯的にやってのけるような連中に目を付けられて…。 一方的に社会的に殺されたのにね。完全に被害者なのにね。 …『そんな悪質な陥れが存在する』と思いもしない人達は、そういう誣告加害で他人の人生を壊す犯人側の言い分を一方的に鵜呑みにして、そのお仲間みたいに成り下がって被害者を一緒に嫌悪するの…。 …そんな図式を何度も見せられた。身内ですらも『タチの悪い集団に目をつけられたお前が悪い』とばかりに全部私が悪いという見方で切り捨て」 「………」 「いつでも辞めれるようにと思うと定職には就けなくなって、パートタイマーで働くしかなくて、生活もキツくて…味方がどこにも居なくて…。 …そんな環境だと、誰のことも信じられなくなる。…世界自体に見切りを付けて自殺してしまっても不思議はないでしょう? …だからね…。私は確かに自殺したんだよ…。なのに自分自身という存在が消えてない。消えさせてももらえなかった。 こうやって心乱される事自体、お腹の子に悪い影響を与えてしまうかも知れない…。 『居ない方が良い人間』なのかも知れないって、疑問に思う時がどうしてもあるの…」 「………」 「…ごめんね。嫌な話を聞かせて…。でも、私、やっぱり貴方には少しイラついるんだ。 悪い事をして仲間意識を持って一緒に悪い事する人間の方が、そういう人達の犠牲にされた人間よりもマトモな人間性で生きられるみたいに言われると…。 ただただ犠牲にされた側は一体どうしろって言うんだろうね?って、嫌になるの。 コッチは『キショい、消えろ』って言われるがままに消えようとしたのに、なのに消えられなくて…。不本意ながら未だ存在してる訳だけど。 …なのにやっぱり何処に転がり堕ちても何処に逃げても、わざわざ追いかけて来られて『キショい消えろ』って言われ続けなきゃならないんだとしたら、自殺した甲斐もないのかって本気で生命そのものが嫌になる…」 「………」 「…なんか…ウンザリし過ぎたんだよね。お仲間と群れて調子に乗って、寄ってたかってやり返しも出来ない無力な女を嫌悪して卑しめ罵り袋叩きにしながら、そんな自分達をマトモな人間だと思い込める人達には。 …未来永劫、二度と関わりたくないし、人類がああいう人種を許容して、私の方を悪いと問題視するのなら私は二度と生まれて来たくないし、世界それ自体が要らないと思うし、永遠に人類という名の餓鬼(ゴブリン)を呪い続けて良いと思うんだ…」 「………」 ヒルデブレヒトの中の人は、前世の私とは随分と違う人だったのだと思う。 多分、私が何を言ったのか 全く解釈・咀嚼が追いついてないのだと思う。 でも本当にーー 私はもう二度とあの世界の醜悪さを見たくない…。 見せつけられたくない…。 急に暖かいものに包まれた気がして振り返ると… いつの間にかディートリヒが近くにいたらしく、背後から私を抱きしめていた…。 「…もう独りで泣かなくて良い。…もう独りで死ななくて良い。ーーというか、絶対、死ぬな!」 そう言って悲しそうに顔を歪めた…。 「大丈夫だよ…。この世界にはヘイト共有ツールなんて存在しないし、この世界の人達はまだマトモだからね。 よその国に入り込んだ侵略者が被差別者を詐称して在住国民へヘイトクライム仕掛けながらゲラゲラ笑って団結してるような鬼畜な犯罪が起これば… 皆がちゃんと『何が起きてるのか』を誤魔化さずに認識できるだけの正気があると思う…。 だから、私は、この世界では自殺しない。この世界では『二度と生まれて来たくない』とは思わない。 この世界にはディーもいるし…。もうすぐ新しい家族も増えるし…」 私がそう言うとーー ヒルデブレヒトが何故か声も出さずに涙を溢したーー。
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