「私が居ない人生では寂しさを感じ続けて」

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「私が居ない人生では寂しさを感じ続けて」

cbb4405b-a041-4449-b60f-7302d850874d 各国でダンジョンが発生する事態が立て続けに起きてるらしい。 ブルクハルト王国の場合はヒルデブレヒトの情報もあり 「もしもスタンピードが同時多発的に一斉に起きた場合」 という有事を警戒してるので 「騎士団の駐在場が近くにあるダンジョンは『ダンジョン資源』の有効利用のため放置」 「騎士団の駐在場が遠くにあるダンジョンは早々に攻略して消滅させる」 という方針を取ることにしたらしい。 そういった 「有事の際の対応」 を視野に入れた対策を 我が国は各国の施政者が集まる会談で進言したらしいが… 欲に目の眩んでる国々は 「同時多発的に一斉にスタンピードが起こる事などあり得ない」 と言い張ってダンジョン消滅は一切検討していないのだそうだ。 「バカなんだろうなぁ」 とディートリヒが呆れたように言うまでもなく私も驚いた。 「『最悪に備え、最善を望む』のが施政者の在り方だと思ってた」 と私が言うと 「そうだな。自国のみならず近隣国もそうであって欲しいよな」 とディートリヒが頷いた。 「ブルクハルト王国以外の国がダンジョンの間引きをせずにいて同時多発スタンピードが起きたら、ブルクハルト王国も近隣国のダンジョンから湧き出る魔物からの被害を受けるんじゃない?」 「勿論そうなるだろうな。だから近隣国にのみ同時多発スタンピードの発生が『転生者による予見だ』と明かして、近隣国の我が国との国境に面する場所のダンジョン情報を教えてもらう必要がありそうだと思ってる。 我が国との国境に面するダンジョンの場所が分かっていれば高い塀を国境線に張り巡らせておけるだろう? それこそ騎士団の駐在場辺りで塀が途切れるように作っておけば、近隣国から入り込む魔物を騎士団が迎え撃てる。 近隣国からの急襲に対しても備えられるし、『スタンピード対策だ』といえば、こちらが国境線に塀を張り巡らせても文句は言わないだろう」 「…そうなんだね」 「他国のダンジョンから湧き出る魔物の被害とかはどうしても国同士の怨恨になるんだよ。 ダンジョン資源で儲けて豊かになる枠の中に自分も含まれていたならダンジョンが引き起こすスタンピードにも納得がいくんだろうが…。 他国のダンジョンだと、こっちには旨味が一切無いのに危険だけ降りかかる事になるだろう? しかも他国だとスタンピードが起きても情報がこちらまで伝われずに被害が甚大になりやすい。 かつての戦争も『どちらかが根絶やしになるまで殺しあう』ほどに憎しみが拗れて起きていたが、そういうのはやっぱり『旨味は与えられず危険のみ降りかけられた』ような損失感の蓄積が根っこにある。 人間、等価交換が通用しない相手がすぐ側で暮らしてて仲間同士群れてて調子に乗ってたりすると、どうしても不安を感じてしまうだろう? だから『共生実現のための棲み分け』として高い塀を張り巡らせたり、国境線を明確にしておく事は、国交を妨げるどころか逆に国交正常化に必要な距離感確保なんだ。 異なる運命共同体同士が隣り合いながら『共に自立性を保ち存続し続ける事』が結局は平和に繋がるからな。 国同士に限らず組織や個人にも言える事だが『関わると必ず損させられ搾取される』ような寄生虫じみた連中というのは、何処からでも湧くし、そういう連中はやたら接近したり紛らわしく混じり合おうとするだろ? そういう連中が善意の搾取・乗っ取り・フリーライドで甘い汁を啜って調子に乗って批判もされずに通用してしまうと、次々模倣者が湧く事になるから、そうなると世の中は立法でさえ寄生虫量産仕様へ改悪されていく事になる。 寄生虫人種というのは『常に蝕み搾取する標的』を必要とするし、しがみつかれると面倒だからな…。 ああいう気持ちの悪い人間が『人は一人では生きていけない、人は皆で助け合わなければならない』だのと言って、一方的に搾取して、自分は助け返さずに恩を仇で返しながら繁殖しようとするんだもんな。 運命共同体の一員のようなフリをして恩恵は過剰に毟り取り、運命共同体としての義務や責任は一切放棄し、加害者のくせに被害者ぶって自分達の人間離れした卑怯さを誤魔化す。 ある種の人間の持つナチュラルボーン的なダブルスタンダードというのは、その不条理で煮え湯を呑まされる側の葛藤を自ら体験をしてなければ、大抵の人間が運命共同体のフリをした情緒主義詐欺に騙されるんじゃないのか?」 「王都内に…悪い人達の組織もあるんだよね…?」 私はアマーリエとその兄という男の事を連想しながら訊いた。 ディートリヒは私の連想に気付いたらしく 「ああ。寄生虫人種というのは本当に何処にでも湧くんだ。外国に限らず、この国でもな。 使い魔を使役しての監視なども欠かせない。『ブライトナー公爵派を倒したいならブライテンバッハ家を先に潰せ』と言われるのもブライテンバッハ家の『使い魔を使役する力』が従魔術能力として血縁で引き継がれるからだ。 ヒルデブレヒトやエッカルト達は後天的に適性獲得したみたいだが、相当苦労したんじゃないのか? お前の前では見栄を張って涼しい顔をしてるだろうが、元々適性が無い人間が使い魔を使役すると使い魔達の食生活上の嗜好や味覚が不随意に感覚共有されたりして、気が狂いやすくなるんだ。 眠って夢を見る度に自分が虫喰ってて、虫の味が口の中いっぱいに広がってるとか普通に嫌だよな…。 でもそれを強靭な意志で克服して不随意の感覚共有を遮断し、自分が望まない限り影響力の方向性に関して自分が上位という状態を下剋上させずに護持しなければならない。 使い魔使役はペットを手懐けるような甘ちょろいものじゃないから大抵の人間が挫折するのに、あの3バカはお前の前でデレデレしてる割りに、ちゃんと克服してるし。 助平でアホのクセに騎士としては優秀だと認めざるを得ないんだろうな」 「そうなんだ?使い魔を使役できる人が増えると悪い人達を監視する人手も増えるし、今後起こる可能性のある内乱扇動とかにも対策しやすくなるね」 「ああ。それを見越しての後天的従魔術習得者作りなんだろうな。成功した人間はそうやって使えるようになってくれるが、潰れた人間は廃人化する。 習得させるべく教えるに際しては『潜在的な意志力の高さ』とかを予め把握して誰に学ばせるか決めるようにちゃんと人選しないと、人材を潰してしまう事になりかねない分、諸刃の剣になりやすいだろうな」 「そんなに危険なのに、あの人達、よく後天的に従魔術を習得しようとか思ったよね?」 「ヒルデブレヒトの言う小説の中ではアイツら悲惨な死に方するらしいからな…。『運命(シナリオ)を変えたい』という願望が人並み外れて強いって事なんじゃないのか?」 「ああ…。それはホント怖いかもね。『このまま普通に流されてると悲惨な死に方しちゃうのか』とか思うと足掻きたくなるかもね」 「小説の中で俺に関する描写は無かったみたいだが、俺も『ブライテンバッハ家・ブロイル家が暴徒化した大衆によって狩られ虐殺された』という一文に括られて死ぬ者達の一人に含まれてるみたいだしな。 『多分、運命(シナリオ)は改竄されてる筈だ』と思おうとしても不安は感じるよ。 だからこそ、ちゃんと毎日お前に『愛してる』って伝えておきたい。いつ死んでも『やり残した』と後悔せずに済むようにな」 「…思い残しがない人生って本人は幸せなんだろうけど、残される側は寂しいかもね」 「どうなんだろうな…。俺は正直、俺が先に死んだ後でお前が別の誰かと幸せになるのを見たいとは思わない。 でも俺が先に死んだなら、俺無き後で、お前には別の誰かと幸せになって欲しい。 『俺が居ない人生で幸せになるお前を見届けたくはないけど、それでも幸せになって欲しい』と思う場合、人間はどうしても未練がましくしがみつかずに潔く散りたいと思うものなんじゃないか? 潔く生きて、潔く死ぬ。死ぬ時には大盤振る舞いで自分のものだった全てを誰かに譲り渡し、代わりに社会奉仕して欲しいと思うものなんじゃないのか? 金も土地も家も家族も知恵も徳も何もかも手放して…」 「…そう、なのかな…。私はどうなんだろ?私は『私が居ない人生でディートリヒとディートフリートが幸せになる』のを許容できるのかな? 私は『幸せになんてならないで。私が居ない人生では寂しさを感じ続けて』って願ってしまうのかも知れない」 「多分、そうした想いは『お前自身が誰かに向けられ続けた想い』なのかも知れないな…。 愛する相手に対して『自分が幸せにする』と思うと『お前を幸せにするのは俺だ、他の奴には任せない』という所有欲が出て『俺が居ない人生では幸せになって欲しくない』と思ってしまう。 誰かに所有欲を向けられる事に嫌気がさすことで自分自身が他人に対して所有欲を持つ事にも忌避感が生まれるんだろうな。 俺はアマーリエに『私の財布』的な位置付けの所有欲を向けられ続けたせいで、自分以外の誰かに所有欲を向ける事の倒錯性を実感してる。 多分、『私の財布』的な位置付けの所有欲を執拗かつ粘着に向けられ続けて逆恨みされるという経験自体が『自分のものではないものを自分のものだと思い込む人間達の業』の領域を抜け出て透明になっていく魂の洗濯みたいなものなんだと思うよ。 アマーリエみたいな女がいて散々カネをたかられて、その上逆恨みまでされるような災難なんて心底ウンザリなんだが…。 そういう経験があったから今の俺があって、こんなにもお前の事を愛しいと感じられるんだと思う。 それこそ『人を見る目』という識別力がないと、愛する値打ちのないものを愛し続けて、愛する値打ちのあるものを捨ててしまうのかも知れないからな。 存在価値など無さそうなクズな人間には存在価値は未来永劫無いままだろうが、それでも『不条理を強いる事で盲目で無防備だった者の目を開かせる』という存在意義だけは生じるのだと思う。 勿論、クズはわざわざ生かさなくても次々沸き続けるだろうから容赦なく粛正するべきだが、ああいう連中も存在意義を達成するために、成長できる人間を成長させるために神によって許容されてるのかも知れないなと思うよ」 「それだと私は『所有欲』の領域に心が囚われてる、という事になるの?」 「どうかな。俺としてはお前が『私が居ない人生では幸せになんてならないで。私が居ない人生では寂しさを感じ続けて』と思ってくれる事は嬉しいよ。 『誰かに所有されたい』という想いは誰かに騙され絆された状態なんだろうが、それでも『コイツになら騙されてても良い』と思える相手が出来てしまうのが、人間にとっての必然なのかも知れない。 そんな風に所有され騙されても、それを許容してしまえる想いが『絆』なのだとしたら、絆で結ばれたその相手は、俺はお前が良いと思ってる…」 「あ、ありがとう…」 (…なんだろう。…心が温かい…。ポカポカする…) 自分の中に生まれた温度をディートリヒにも分け与えたくて… 私はディートリヒをーー 優しい旦那様を抱きしめてあげた…。
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