遊び感覚の侵蝕

1/1

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/87ページ

遊び感覚の侵蝕

426d747d-401d-48da-a6dc-28fd8051c10b 近隣国との国境に高い塀を張り巡らせるのには土魔法使いの使い手達が活躍してくれたのだそうだ。 勿論、私も魔石に土魔法を込めたり頑張って協力はしていた。 魔力が空になった魔石に魔力を込めて再利用可能状態にする仕事もせっせとこなしたので、1日に四回しか魔法を使えない筈の人達も、その倍以上魔法を使えたので、工事の進み具合ははかどっていた。 それでも塀を張り巡らせたい全ての場所を塀で覆う事はできなかったので 「騎士団の駐在場を増やすのはどうか」 という案が採用されて、国境沿いで無防備な場所が出来ないようにされた。 ブルクハルト王国のみがスタンピードに備えている状態。 「ここまでやってスタンピードが起きなかったら各国の笑い物だな」 と言う一方で皆が 「笑われて終わる方が良いさ」 とも言っていた。 ブルクハルト王国内のアードラー勢力に監視は付けているものの、国外のアードラーにまでは手が回らない。 そんな事もあり 「人為的同時多発スタンピードを起こす技術」 を知る事はできず 「人為的同時多発スタンピードを起こさせない直接的有効対策」 も取れなかった。 なのでーー やはり事態は起きてしまった…。 ****************** 治癒魔法が使えると言ってもーー 所詮はしがない奴隷商人の嫁でしかない。 自分の身体は一つしかない。 せっせと魔石に治癒魔法を込める作業だけでは足りないらしいので 激戦区と言われる地区まで赴いて重傷者達を対象に治癒魔法を使う事になった。 (ブライトナー公爵が直々に指示してきたので、戦線近くまで私が出向くのをディートリヒも反対できなかった) 私の護衛にはヒルデブレヒトとラインハルトが付けられた。 「異常な執着をしてる事だし、『命にかけても護る』と言い張ってる言葉通り、ちゃんと護ってくれるだろう」 という理由での人選らしい。 ディートリヒは 「命は無事でも貞操が脅かされる危険が…」 と文句を言ったが 「ケチ臭い事を言って嫁を死なせる気か!アホか!」 と公爵に一喝された。 ラインハルトがディートリヒに向かって 「ちゃんと貞操面でも俺がこの精神異常者から護るから安心して欲しい」 とヒルデブレヒトを指差して言うと 「いや、お前のような覗き魔の変態に言われてもな…。まぁ、ヒルデブレヒトのような精神異常者よりはマシだが」 とディートリヒがツッコミを入れた。 「あの、俺、精神異常者扱いって酷くないですか?」 とヒルデブレヒトが文句を言うが誰も相手をしない。 どうやら皆の中でヒルデブレヒトという人間は精神異常者という位置付けに置かれているようだ。 (一体、何したんだろうね…) と不審に感じるものの私が訊いても誰も教えてくれない気がする。 「ともかく治癒魔法の手が足りてない。極力死者を出さずに乗り切るには奴隷商人の嫁だろうが奴隷だろうが使えるものは使うしかないだろう」 と言われれば従うしかない。 「絶対、絶対、絶対、ペティーに危険が無いようにしてください」 とディートリヒが公爵にしつこく念押しをしてる中、私は迎えの馬車に乗せられて国境近くの騎士団駐在場へ向かう事になった。 「スタンピードって、一体なんなんだろうね…」 と疑問に思う。 ダンジョンがダンジョン魔物にとっての都市だとするなら、そこから出てくる意味が分からない。 居心地の良い生活を捨てて危険のある外の世界へ何故出ようと思うのか理解できない。 他者の住む領域へと進出すれば必ず 「居場所を守ろうとする相手」 と対立する事になる。 奪おうとするなら 奪われまいとする者達と 利害関係が対立する。 他者の住む領域を居場所を敵陣(アウェイ)を 自分の居場所に自陣(ホーム)に変えようとする。 そんな侵略的行為を正当化出来るような理由など 私は無いと思っている。 たとえ宗教の神が 「この世の中で最も豊かな土地をお前達に与える。その地を聖地と定め、既に誰かが住んでいようとも、それを追い出すなり殺すなりして、神である私が授けたその土地を奪うが良い。勇気ある者達を私は味方する」 と約束してくれたとしても私はそれを信じられない。 約束の地(ダス・ゲロープテ・ラント) そんなものは存在しない。 そんなものは 略奪欲を喚起させ略奪正当化の選民意識を生み出す御都合主義妄想の産物だ。 そんなものを信じて何故他者の住む領域へと進出してしまえるのか… 私には理解できないし、理解する必要性すら認めない。 ーー傲慢な者達にとって 「敵陣(アウェイ)自陣(ホーム)に変える」 事はいつも遊び感覚だった。 ネチネチ群れて… 「ホラ、次はお前が行ってこいよ」 とか言って 「肝試しに送り出す」 感覚で 「順番に万引きにいく」 ような遊びに興じていた。 盗まれる側がどんなに損失を受けて苦しんでも 「他人事」。 まるで天災に見舞われた不運な人を冷たく眺めるような そんな視線を向けて切り捨て。 特権階級のお侍様が刀の切れ味を試したくて 平民に因縁つけて無礼打ちで斬り殺し 壊れた物でも見るような目を向けて 罪悪感すら持たずにそのまま立ち去るような そんな差別的ダブルスタンダード犯罪をやりながら 自分達が悪だと自覚すらできてなかったようだった…。 そんな傲慢な連中が権威者やワルを前にすると 打って変わって尻尾を振って媚び 裏表の激しいお調子者を演じて愛嬌を振り撒いていた。 媚びられていた側に対しても 「よくああいった低次元な愛嬌に絆されて犠牲者を切り捨て続ける事ができたものだ」 と、心底から呆れたものだ。 結局のところ生き物は 「自分の国、自分の社会、自分の運命共同体」 という帰属意識がないなら、修復労力を勘定に入れずに秩序破壊できてしまうものなのだろう。 共存とか 自制とか その必要性ですら理解せず 皆が平和に無難に暮らそうとしてる所に乱入し 気まま勝手に滅茶苦茶にする。 罪を断罪されて罰を降りかけられたなら 「何も悪い事はしてないのに不当な目に遭わされた、許さない」 と逆恨みして執拗かつ粘着な復讐心を培う。 彼らにとって単に自分の国で暮らしてるだけの保守的人間は 「大人しく嗜虐され搾取されておけ」 「反撃は認めない」 「反撃するならありとあらゆる濡れ衣を着せて卑しめる」 「生まれてきた事を後悔させる惨めさを味わわせ嗜虐してやる」 といった位置付けのドアマットのようなもの。 略奪正当化の選民意識に憑かれて 欲に目が眩み 悪に目が眩んでいる人達は 「立場を入れ替えて物事を捉え直し、自分達の悪を自覚する」 というたったそれだけの事すら出来ない。 この世界の良いところは 「魔物が人モドキの醜悪さを身に纏ってのさばっている」 という点だと思う。 人間は人間に対して 「殺したくない殺されたくない」 と思う。 たとえその中身が猿や餓鬼(ゴブリン)だったとしても。 だけど魔物なら平気で殺せる。 その中身が猿だろうが餓鬼(ゴブリン)だろうが 猿型魔物だろうがまんま餓鬼(ゴブリン)だろうが 「人間じゃない」 なら殺せる。 魔物がいる世界は 「人型魔物が醜悪さを体現し容赦なく殺される」 事で 「人間に猿や餓鬼のメンタルが宿る事態を牽制」 できる。 人型魔物は 「粛正される事で反面教師の役目を果たす」 のだ。 「人間との間に相互的不干渉の共生を望み、棲み分けして、亜人として生きる道もある」 のに… 醜悪さに憑かれた人型魔物は 「あくまでも人間の領域に侵蝕」 「人間に牙を剥き続ける」。 だから容赦なく殺される。 「そういう生き方では共生不可だ」 という事例を皆に示すために。 それならーー やっぱり魔物を屠り続ける人達の怪我を治癒させ続けるしかない。 私は自分に出来る対策を頑張る事しか出来ないんだから…。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加