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「会いたい」
奴隷商人業は順調だ。
カルステンとユーディットも無事に良い人達に買ってもらえたので、そのうちマトモな人生に戻れそうだ。
「空気は大事だ」
と、かなり本気で思う。
聖水ならぬ魔力水ーー。
それで商品出荷待機所を清めるようになってから、客の意識も徐々に向上していったと思う。
「奴隷=安定的労力」
(決して虐待自由の嗜虐用肉的ではない)
という意識をシッカリ客の側にも根付かせる必要があり
「安くない買い物ですから」
と何度も足を運ばせることで客の意識から嗜虐欲を削ぎ落としていく。
そういう干渉は絶対的に必要だと思う。
魔力水で清められた場所に出入りして
魔力水を飲んで意識向上した奴隷を買う事で
客の方でも意識向上が起こる。
要は
「こちらの空気に巻き込んで接する」
という事が大事なのだ。
除霊というメンタルウィルス撃退
人間の内面にあるソフトウェア・ウィルスを認識できない人達だと
「奴隷を虐待する客を批判し奴隷を売らない」
という対処しか出来ないが
メンタルウィルスを認識できる場合には
「こちらの空気に巻き込んで接する」
という対面式影響力で
「当人でさえ気付かないうちに意識を変える」
事が可能になる。
勿論、ブルクハルト人のフリをしているハグマイヤー人や、ブルクハルト人のフリをしているアードラー人の場合は
メンタルウィルスという単体で思考汚染が起きてる訳じゃないので魔力水を用いた干渉程度ではこちらの影響は受け付けない筈。
浄霊というマインドウィルス撃退は
除霊というメンタルウィルス撃退よりもハードルが高い。
マインドウィルスはメンタルウィルスを生み出して
メンタルウィルスを取り込んで更に悪辣化して
またメンタルウィルスを生み出す。
そういうモノがシッカリ精神と思考に根付いている人達は、精神汚染・思考汚染が卵と鶏さながらに互いを生み合って相互的存続幇助をし続けるので
「脱洗脳」
に該当する精神干渉魔法をガッツリかまして根底から綺麗にしてやる必要がある。
とは言え
「欠損治癒してやった恩を売った更生不可の犯罪奴隷」
に対してやる精神干渉をそれ以外の分類の人達にやるのは
「人道に反する」
気がするため、手出しできない。
奴隷商人の魔法使いなど
「堕ちる所まで堕ち切った犯罪実行犯」
にしか干渉出来ないのだ。
頭脳派の教唆犯などはどんなに罪を重ねても尻尾を掴ませず犯罪奴隷にされる事態にも陥らず欠損奴隷にさせられる事態にも陥らないのだろう。
「本当にどうにかしなければならない悪の根っこ」
には手が届かない。
だけど、そういった社会的上位者に対する粛正に関しては同じ土俵に立てる社会的上位者が検討していくものだと思う。
私達は自分の領域で自分のできる事を頑張るしかない。
ただ、まぁ。
そういう意味でもアマーリエのような女は私達と縁があったのだろう。
「アマーリエが逮捕されたそうだ」
という一報を受けて私とディートリヒは固まった。
ラインハルトが善意で報せてくれたという訳ではない。
そうではなく、尋問官が尋問に赴くとすぐさまアマーリエの方で
「ディートリヒ・ブライテンバッハに会いたい」
と言い出したとかで…
「自供を引き出すためにもご協力頂けませんか?」
という捜査協力を依頼されたのだ。
当然ながらディートリヒは
「二度と会いたくない」
と言って断った。
尋問官は責めるような眼差しをディートリヒに向けたが
そういう感情は本当に御門違いだと思う。
なので
「ペトロネラ・ブライテンバッハです。ディートリヒの妻の私がアマーリエ・カレンベルクの自供引き出しに協力したいと思います。
ウチの主人を苦しめ続けた女がどんな女なのか一度会ってみたいと思ってましたし、丁度良い機会だと思います」
と主張して私がアマーリエに会いに行く事にした。
尋問官もディートリヒも不服そうだが…
私には「無効化」がある。
アマーリエが洗脳の類を受けているか
或いはセルフ洗脳状態にあるのなら
それを無効化できる。
洗脳状態の人間というのは
「標的と定めた相手に迷惑をかけたり被害を与えたり苦しめたりしても全く罪悪感も持たない」
という不思議な精神状態にある。
外部からの誘導でそうなる場合もあるが、筋金入りの気狂いの場合は、自己正当化の屁理屈を自分で捏ねてセルフ洗脳をかけてしまっていたりもする。
ディートリヒを散々苦しめておきながら
「会いたい」
とか言い出す精神異常者は
「セルフ洗脳状態にある可能性が高い」
と思う。
私は尋問官に向き直って
「ちゃんと拷問を加えた上で『自供が引き出せない』と判断しての協力依頼なんですよね?」
と尋ねてみたら
尋問官は
「いいえ。拷問以外の方法で自供を引き出せる可能性がある状態で拷問を加える事は人道に反するため、現時点では拷問は行なっておりません」
とドヤ顔で答えた。
(アホなんだろうな、コイツ…)
と思ったので
「ご存じないかも知れませんが私は奴隷商人であると共に優秀な治癒魔法使いです。
どんな怪我でも病気でも死体以外なら癒してみせる自信があります。
ですから是非ともアマーリエ・カレンベルクに所定通りの拷問を行なってみてください。
どうせ治せるし治すんですから遠慮は無用です。
というか、拷問による怪我と治癒を繰り返す事こそが筋金入りの犯罪者を素直にする唯一の方法です。
本気で『自供を引き出したい』とお思いになられるのでしたら、彼女に嵌められた犠牲者達の人権にこそ配慮して彼女を遠慮なく拷問するべきなんですよ。
勿論、私がいちいち指摘せずともお解りでしょうけどね?」
と言ってやった。
「なんて野蛮な!」
と尋問官が激昂しそうになった所で
「ラインハルト様がお越しです」
とトーマスが新たな来客を告げに来たので
尋問官は
「ウッ」
と言葉を詰まらせた。
「アマーリエ・カレンベルクの取り調べは担当が変わった。よって尋問官も変わる事になった」
と言いながらラインハルトが室内に入って来た事で
(あっ、この尋問官。ブライトナー公爵派に対して悪意を持ってる派閥の人だったんだな)
と気が付いた。
普通に考えて
「散々カネをたかられて、散々逆恨みされて刺客を差し向けられた被害者の所へ押し掛けて『加害者に会え』とか押し付けようとする」
ような人間に「人道」云々を語る資格はない。
そういう
「被害者側の人権・精神的配慮を無視した加害者優先」
を平気でやらかしつつ人道主義を振りかざす人間は
「被害者を敵視していて更に苦しめようとしている」
もしくは
「加害者と仲間」
だという事だ。
ラインハルトは無表情で淡々と
「規定に則り拷問が行われるので、当人の要求は一切考慮しない事に決まった」
と容赦なく尋問官に告げた。
私は
「この事について今話してた所だったんです」
とラインハルトに向き直り
「…散々苦しめ続けた被害者に対して『会いたい』とか言い出す精神異常者に関しては、私は『全然反省の意思なし』と思うので、主人ではなく私がアマーリエ・カレンベルクに会いたいと思ってます。
先程も提案した事ですが、拷問された容疑者を私は治癒魔法で癒せます。
容疑者から自供を引き出すためにも拷問と治癒を繰り返す事が最善の自供引き出し方法だと思いますので、是非ともアマーリエを拷問にかけて頂きたく存じます」
と、にこやかに提案すると…
ディートリヒとラインハルトは何故か
ラインハルトに付き従っていたヒルデブレヒトを見遣って
「「プッ」」
と吹き出していた。
そして二人の視線を受けながら、ヒルデブレヒトの方は…
「拷問と治癒を繰り返す?マジで?」
と呟いて青ざめていた…。
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