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春の夜明けに
「今日こそはうちに来ない? あそこなら、この時間以外も話せるでしょ?」
いつものように、フクは尊敬するヨウを見上げる。断られるのは、知っているけれど。
「いや、遠慮しておくよ。なんたって、藪をつついて蛇を出すことになるからね」
「それなら、一石二鳥じゃない。蛇、好きだったでしょ?」
フクはもうすぐ日が昇る、東の地平線を眺める。日が昇る前に、家に帰らないといけない。だからヨウもつれて帰りたい、と思ったのだけれど……。
「それとこれとは、話が違うじゃないか。私は鳥目なんだ。あそこは何も見えないから壁にぶつかるし、変な虫もいるじゃないか」
どれだけあこがれても、フクはヨウのいる高みにはたどり着けない。自分では決して体験できないことを、もっと知りたいのに。どれだけ尊敬していても、夜型のフクはヨウと長く過ごすことすらできない。
「かっこいいヨウの話、もっと聞かせて?」そう言っても、ヨウは鷹揚に首を振る。
「それほどでもないさ。私くらいなら、いくらでもいるだろう」
「能があるからって、爪を隠さなくってもいいのに……」正直に言っても、話を聞かせてはくれないのだ。朝焼けの前、薄明の数十分。この時間が、いつまでも続けばいいのに。
空を旋回するヨウの姿を眺めて、はあ、とため息が漏れた。
憧れる彼に届かないのは、しかたないこと。毎日こうして話してくれるだけでも、特別なのだ。フクは今日もあきらめて、入り組んだ洞窟の家へと羽ばたいていく。
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