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夏の黄昏に
満月が西にかたむく、しんと空気の澄んだ明け方のこと。
「すすき野に、鬼火が出るんだって。知ってた?」もくもくと茂る木にぶら下がって、蝠が楽しそうに言う。
さわさわと青草がなびいた。これからふわふわの穂を出す、すすきの葉だ。
「鬼なんて出ないぞ。それに火を使うのなんて、人間だけだろう」
「気にならないの?」いつものように落ち着いた鷹は、ふわりと羽を広げた。
「ああ。見に行ってみれば、わかるさ」
さぁっと朝日が差した。蝠はパタパタと、自分の洞窟へ急ぐ。ピタピタと雫が垂れる絵で、仲間が心配しているかもしれない。いつも一人でふらふらしているせいで、気にされていないかもしれないけれど。
◆
ほんわりと空が色づく黄昏時、蝠はすすき野へ向かっていた。遠くでフォーンと、何かが鳴く。蝠があたりを見回すと、草の中にぽっと光が灯った。そのすぐそばには、べったりと漆を塗ったように黒い大きな影。
鬼? 近づくうちに、光は昨年のススキを飲み込んでめらめらと大きくなる。影がすっと立ち上がって、二本足になった。長い脚で火とは反対のほうにどんどん向かうそれは、人のように見えた。蝠はそっとそれを追いかけることにする。
とっぷりと陽が暮れた。けれども蝠には、それの居場所がはっきりとわかった。
ガザガサいう枯葉を踏む音、なにかの息遣い。
ヒュッと風を切る音がして、体に痛みが走った。口からキイキイと悲鳴がもれる。
どうして?
頭上の草がガサガサと揺れた。キャン、と狐の声がして体が落とされる。牙のせいで残った傷が、ずきずきと痛んだ。遠く人の姿をやめた狐が、たたたたたっと走っていく。
「だいじょうぶか? 狐火が出るかもしれないって言うことを、忘れていたよ」
夏のすすき野にもう火はなく、さらさらと硬い葉が風に揺られていた。
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