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終焉は秋の人定に
■
もう長くは生きられない。そんなことはわかってる。だけど今が、いちばん幸せなんだ。永遠に続いても、きっと飽きないかもってくらいに。
キツネに襲われた夏の日から、もう1月くらいたったのかもしれない。あれから鷹は、いつも夜まで話を聞かせてくれた。
遠く見える商店が掲げる灯も消え、洞窟の入り口から見える明かりは月と星だけになった。今日最後の鐘が、人定を知らせる。人が寝静まる、一日の終わり。鷹は帰ってしまう時間。きっとこの時間まで起きてるだけで、鷹には負担だろう。だから帰るのはしかたないって、分かってるけど。
でも、今日が最後の日なんだよ、鷹。
□
過去の記憶が、ふと再生された。あの小春日和の天文台で、仙人と会ったこと。そして蝠に出会った、その日のこと。
「吉祥は大切にな」と、老人が記憶の中でほほえむ。
でも、できなかった。守れなかったから、取り返しはつかない。
初めからやり直せたら。せめてもう一度、老人に吉祥の意味を尋ねられるなら。この気持ちは、何とかなるのかもしれない。
何も見えなかった洞窟の奥に、ろうそくの暖かな光が見えた。
「やり直しはできないんじゃ。吉祥は……」
老人の言葉が、かすんで消えていく。もう、限界なのかもしれない。夜まで起きているのはやはり無理だったのだ。
でもいい。私が蝠より先に死ぬことはなかったのだから。
*
老人は洞窟の入り口に集めた枝へ、ろうそくから火を移す。そっと持ち上げた亡骸を、優しくはぜる焚き火に乗せる。
「やり直しはできない。それでも、な」
焚火から上がる煙は、天高くまで昇っていく。星々が並ぶ、天上の世界へと。
「星になるといい。少し前からやり直すより、ずっと幸せじゃろう」老人はそう言って、空を見上げる。満天の星空に浮かぶ、蝠と鷹が見えた。キツネには手の届かない高みで、二人は永遠に話し続けられるだろう。
これが、今も南天の星に伝わる物語だ。
〈終〉
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