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旧友と集落
ホラー作家の山岸星章は、中学時代の同級生に招かれ、山奥にある集落を目指している。
まだ山の中腹だというのに、はやくも息切れしていた。普段、取材であちこち歩き回っているので、足腰にはある程度自信があったのだが、険しい山道に挫折しかけている。
「これで諦めたら、それこそ無駄になる……」
心が折れそうになるたびに、自分に言い聞かせながら、1歩1歩踏みしめる。
「にしたって、酷い話だ。案内するなり、迎えに来てくれるなりしてもいいじゃないか」
山岸は招待してくれた同級生、嗽真一の顔を思い浮かべ、ブツブツと恨み言を連ねる。
遡ること1週間。山岸は都内にある本屋で、新作のサイン会をしていた。山岸は20歳でデビューしてから27歳になる現在まで、顔を隠していた。
意図的に隠していたのではなく、単に人前に出るのが苦手だから。今回仕方なくサイン会をしているのは、上から圧をかけられ、仕方なく。
「デビュー当初からずっとファンです。ん? どっかで見たような……」
年齢が近そうな男は、不躾にまじまじと山岸の顔を見つめてくる。男に見つめられるのは気持ち悪いが、山岸も彼に見覚えがあるが、思い出せないでいた。
「あ! ヒロ……!? そうだよな!?」
本名を言われ、ドキッとする。
「あの、次の方が待っていますので」
同行している編集者が、めんどくさそうに男に言う。山岸はそれを制止した。
「いや、もう少し待ってくれ。君、名前はイマイチ思い出せないが、たぶん同級生だよな? あと1時間もしたら終わるから、時間があるなら待っててくれ。帰ってくれても構わない。
それと、僕のことを誰かに聞かれても、何も言うな」
他のファンのことを考えて早口で言うと、男は目をきらきらさせながら頷き、どこかへ消えた。
サイン会を続行しながら、先程の男のことを考えた。山岸星章というのは、ペンネームだ。本名はこんなトンチンカンな名前ではなく、佐藤弘行という平々凡々な名前だ。
彼をヒロと呼ぶのは、それなりに仲が良かった人ばかり。男子だけでも、20人はいたと思う。
当時のクラスメイトや、同じ部活の同級生をひとりひとり思い出し、なんとなく面影のある顔を見つけた。
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