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「おめでとう、ダイアナ! 今日は最高の一日だね!」  晴れ渡った青空の下。  いっせいに鐘が鳴り響き、真っ白な花が舞う。 「ありがとう。ありがとう。私、幸せになります……!」  レースがたっぷりとあしらわれた純白のドレスに身を包み、可愛らしいブーケを手にした花嫁が、目に涙を浮かべて声を詰まらせる。  ついには「ううっ……」と感極まった彼女の肩を、隣に立って優しく抱く新郎。  この上なく幸せな光景を前に、コッポラ子爵家の次女・イリナも胸がいっぱいになっていた。 (お姉さま、お幸せに……! こんな素敵な結婚式が見られて、私も思い残すことがありません……!)  花嫁のダイアナは、イリナの姉。  コッポラ子爵家は貴族とは名ばかりで、財政状況が著しく悪かった。  もちろん、娘の結婚資金を工面するのも大変難しい有様。  しかしそこは家族一丸となって働き、先祖伝来の家財道具も売れるものは売り、ついには「私のときがきたら、そのときまた考えましょう」とイリナが自分用の貯金を差し出して、なんとかこの日の結婚式を迎えることができたのだ。  ここで散財してしまえば、イリナの番がきても同じように送り出すことはできないだろう……。  それは誰もがわかっていたことだが、当のイリナが「大丈夫です!」と押し切った形であった。  イリナは現在、王立図書館に職を得ている。  給料は常に家計の足しにとほとんど家に入れていたが、贅沢を望まなければ暮らしていける見通しは立っていた。  それこそ、地味で目立たない司書のローブに身を包み、日がな一日書架の間で作業をしているイリナには、出会いらしい出会いもない。それならそれで、この先働けなくなる年齢まで職場に置いてもらえれば、というのがイリナの考えだ。  実際に、王宮勤務の侍女や教師には、そういった未婚の職業婦人が何人かいる。イリナもまた、自分がその一人になれたらいいな、と願っていた。  そのためにも、頑張るべきは仕事。  労働以外のことには目もくれず、お金のかかる趣味への誘惑に屈することなく。 (大丈夫、大丈夫。今までも、そうやって生きてきたんだもの。周囲がどうというより、私自身が、そんな自分のことを誇りに思ってきたじゃない。このまま静かに歳を重ねていけたら、それ以上のことはないわ。がんばろう)  姉の結婚式に参列した日、イリナは改めてそう誓った。  その誓いを守り抜いて、そこから五年。  二十五歳になったイリナは、今日も図書館で仕事に励んでいる。いつも通り、波乱もなく一日を終えられるだろう。  そう信じて、疑うこともなかったというのに。  * * *  
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