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「いや、ほんまに、べつにたいした話やないんやけどな」
それが、意を決して東京でのことを尋ねた暎への、春海の第一声だった。いかにも観光客向けらしい食堂で、のんびりと海鮮丼をつつきつつ、首を傾げる。
「別れ話のもつれというか、人間関係のもつれというか。でも、ほら、どっちも、ようある話やん?」
……たいした話やないって、あのおまえがこっちに帰ってくるなんて言うで、みんな大騒動やったんやろ。
こっちがどれだけ心配して、気ぃ使ったと思っとんねん。盛大に突っ込んでやりたい感情をどうにか抑えて、暎は水に口をつけた。
昼を少し過ぎた時間帯の店内は、ちょうどいい混雑具合いだった。程よくざわざわとした雰囲気の中で、口火を切る。
「たいした話やないとか、ようある話とか、そういうことやないやろ。誰でもしんどいもんはしんどいねんて」
どれほど受け流すことがうまかろうが、そういう問題ではないはずだ。問題ないという態度を取っていたとしても、内側に溜まり込んでいくものはあるだろう。それが許容量を超えたら、誰だってしんどい。あたりまえのことだと思う。
「そうやなぁ」
じっと暎を見つめていた春海が、かすかに弱ったふうな笑みを見せた。そうして、小さく頷く。
「でも、まぁ、そうやったんやろね」
あきちゃんに会いたいって思う程度には重症やったんかもしらんね、と続いたいまさらな台詞に、そうやろ、と断言してみせて、暎は箸を手に取った。
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