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「でも」
「それに」
口を挟もうとした暎を遮って、春海は言い切った。
「その子、俺と違って、バイやってカムアウトしとる子やったで。そこまでの悪気もなかったんやろ」
なんでもないことのように笑うから、余計に苛々が募ってしまった。つまり、それは、春海が言うつもりのなかったことを、愚痴の名目で周囲にぶちまけたということだろう。
「絶対にそんなことはないと思うけど」
「うん」
「おまえも、そんなことはないと思っとると思うけど」
「えぇ、うん」
「もし、仮に、万が一、悪気がなかったんやとしても、めちゃくちゃ無神経なだけやんか。よっぽど性質悪いやろ」
もしかすると、感情的になりすぎたのかもしれない。呆気に取られたような間のあとで、ふっと春海が吹き出した。
「あきちゃんやなぁ」
間違ったことを言ったつもりはないものの、そうも笑われるとバツが悪い。悪かったな、と呟くと、笑ったまま春海が首を振った。
「いや、悪くはないけど、あきちゃん、昔から、こういうときばっかり怒んねんもん」
「……そうやった?」
「そうやったよ。まぁ、あきちゃんのそういうとこも好きやってんけど」
なにを思い出しているのかまた少し笑って、でも、と春海は言った。
「せやで、顔見たぁなったんやろな」
返す言葉に迷って口を噤むと、暑いなぁ、と変わらない調子で続ける。うん、と応じて、暎は空を見上げた。春海の感じたしんどさを完全に理解することはきっとできない。でも、寄り添うことではきると思いたかった。
いまさらだということもわかっているけれど。
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