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「帰ってきてしもたやん」
あきちゃんのせいやで、と春海がぼやく。それなのに、やたらと優しく響くからいけない。気恥ずかしさを誤魔化すように暎は減らず口を再開した。
「おかげやあかんのか、それ」
「まぁ、なぁ」
おかげでもええんやけどなぁ、と笑ったところで、春海が窓のほうに視線を向けたことがわかった。行きと違い、そちらからは海がよく見えるはずだ。なにがいいのかわからないらしいが、多少の暇つぶしにはなるだろう。
春海が黙っていても、車内の沈黙が気になることは、もうなかった。
「あのな、あきちゃん」
海を眺めたまま春海が話しかけてきたのは、また少し進んでからだった。
「しゃあないって思ってたんは、ほんまのつもりやってん」
俺、昔からずっとそうしとったし、と春海が言う。
「それで、ほんまにずっと大丈夫やったし」
「うん」
「でも、なんか、だんだんしんどうなってきてな」
前を向いたまま、うん、と同じ相槌を暎は繰り返した。苦笑を挟んで、春海が続ける。あいかわらずの、なんでもないふうな調子だった。
たぶん、春海の言ったとおりで、小さいころから身につけていたもの。「馴染まない」環境で、それでも生きていくために、身につけざるを得なかったもの。
その助けに、本当に自分は少しでもなれていたのだろうか。
「べつに、面と向かってなんか言われた、とか、そういうんでもないねん。あからさまに輪から弾かれた、とかでもないし。でも、……なんやろ。なんか、逆に、それがしんどうてな、俺」
「そうか」
「せやねん。母さんに言わせたら、『繊細すぎる』になるんやろうけど。あかんねん。視線とか、空気とか。そういうんが俺にはしんどい」
暎がなにかを言うより先に、それでな、と春海は言葉を継いだ。
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